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新彊野宴(シンチャンバンケット) |
新彊野宴(シンチャンバンケット)
僕の進むべき道 【その7】
結局瓜生さんはカシュガルの地図を一日だけお借りしますと言い、他の町の地図は受け取らなかった。この日の夜、僕はドミトリーのベッドに横たわったままなかなか寝付けずにいた。瓜生さんの言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡り、目が冴えてしまった。
ほとんど眠れぬまま朝を迎え、起き出した客の雑音ですっかり目も覚めた。これからどうしようか。苦悩を抱えつつ街に出て彷徨う。カシュガルの主要な場所はもう行き尽くしていたが、もう一度歩き回った。まるでおさらいでもするように、自分自身を辿っている気分だった。だけどいくら街を歩き巡っても答など見つかりはしない。
疲れた体を引きずるように、夕刻ホテルに戻ってきた。ロビーのソファーに倒れ込み、フーッと大きく息をつく。目を閉じ、まとわりつくような気だるさを振り払おうと試みる。そのうち睡魔に襲われ深い眠りに引きこまれた。
ガクンと頭が下がり、ハッとした。あれ、ここはどこだ?一瞬わからなかったが、ロビーのソファーで眠りこけていた自分に気づいた。いったいどれくらい眠ったのだろう。外はもう暗くなりかけていた。
「目が覚めましたかな。」
すぐそばで突然声がした。見ると瓜生さんが向かいのソファーに腰掛けていた。
「15分ほど前に戻ってきたんですがね、戸田さんが気持ちよさそうに眠っているじゃないですか。これをお返ししようと思いましてね、お目覚めを待っていたんです。」
瓜生さんはショルダーバックからきのう僕が貸した地図を取り出した。
「どうもありがとうございました。お陰で大変役に立ちましたよ。」
僕は、はぁと地図を受け取った。
「それじゃあ。」
瓜生さんは立ち上がり、自分の部屋へ帰ろうとした。
「あの、瓜生さん。」
ふと口をつき、僕は瓜生さんを呼び止めていた。
「もう少しお話伺ってもいいですか。」
瓜生さんは顔の皺を何重にも作って笑顔を見せ頷いた。僕は瓜生さんの後ろについてまたお部屋にお邪魔した。
「今日も日本茶でいいですかな。」
瓜生さんはバッグをベッドの脇に置くと、マグカップを持ち上げた。戸棚から緑茶のティーバッグを取り出し、カップに入れ、湯を注ぎ入れた。
「今日もずっとあれこれ考えていたんですが、迷い道に入り込んでわかんなくなっちゃったんです。自分のしたいことがよくわからなくて。何をやったらいいのか全然見つけられなくて。あの、瓜生さんはどうやって自分の仕事を選ばれたんですか。」
緑茶の入ったマグカップをどうぞと手渡してくれてから、瓜生さんはドサッとベッドに腰掛けた。
「そうさねぇ。私の場合は至極単純でしたねぇ。私は東京生まれの東京育ち、江戸っ子なんですがね、戦争で東京に空襲が落ちてきたもんだから、母方の親戚がいる群馬のに疎開したんです。十二の時に終戦を迎え、姉や弟とともに東京に戻ってきたんだが、住んでいた町はすっかり変わり果てていました。一面焼け野原だ。隣近所に住んでいた人達もそれぞれ戻ってきたんだが、家や商店なんか影も形もなくてね、皆一緒に泣きましたよ。家族を失い、家を失い、皆が路頭に迷った時代です。その時幼心に思ったんですよ。失った家族を取り戻すことはできないが、家はもう一度造り直せるだろうってね。家を造る仕事に就きたいっていう動機は私の場合、戦争だったんですよ。」
瓜生少年が焼け落ちた家々を茫然と眺める様子を、僕は必死で想像してみた。
「私らの少年時代はないない尽くしの時代だった。だからこそ夢を持ちやすかったのかもしれません。私のクラスメート達も皆何らかの夢を持ってましたねぇ。医者になりたい者、相撲取りになりたい者、教師になりたい者、みんな無邪気で、且つ真剣だった。それに比べると今の時代は便利で豊かな世の中だ。こんな時代に夢を持つのはかえって難しいのかもしれませんね。」
瓜生さんはごくりと自分のお茶を飲んだ。
「はぁ~、中国茶もいいですが、喋りながらの一杯の日本茶もなかなかいいもんですなあ。ははははははは!」
僕も黙ってお茶をいただいた。
「まあ、私は割合簡単に自分の道が見つかりましたがね、息子はそうでもなかったようです。うちには息子が二人おりましてね、上の息子は製薬会社に就職しました。バブル経済まっただ中で就職活動の時期は売り手市場でしたからね、割に楽に仕事先を見つけられたようだ。けど、下の息子は違いました。いったん食品会社に入ったんだが挫折しましてね。サラリーマンには向いていないというのが途中でわかったようでして、とうとう脱サラしましたよ。15年くらい前だったかな、下のは魚屋を始めたんです。」 「えっ、魚屋!?」 「ええ、そうです。二番目は企業で働くより自分で商いするのが性に合っとったんでしょうな。魚屋になるってぇ時はこっちもひどく心配しましたがね、今は軌道に乗ったようで私もよかったと思っています。同じ子どもでもそれぞれ違うもんです。下の息子は魚屋になる前、あなたと同じようにずいぶん悩んでいました。会社で仕事をしていると、自分が自分じゃないようだってよく言ってましたよ。兄の方は要領がよく、会社の仕事をそつなくこなして、休みには趣味などをやる。でも、弟の方は仕事を全て自分の生き甲斐にしたいタイプだったようです。」 「お兄さんと弟さんでタイプが違った・・・」 「そうさねぇ、息子を持って初めて人間には2種類あるってわかりましたよ。兄のように会社に勤めて仕事をやり余暇は余暇で楽しむタイプと、弟のように仕事イコール趣味っていう生き方をするタイプとね。下のヤツは休みの日でも魚と格闘しとります。売るだけじゃなくて魚の研究もやるし、暇さえありゃ魚を使った料理をああでもない、こうでもないって試してますよ。元々釣りが趣味だったんで、それが高じてああなったんでしょうな。いつでも話題って言えば魚です。兄の方はそれとは逆でね、休日は仕事と関係あることは一切しない。仕事も好きというほどでもないらしい。でも、仕事はやることはやる。そりゃ仕事だからね。それでおまんま食ってるわけだから。戸田さん、あなたはどっちのタイプでしょうな。」
僕ははたと考え込んだ。そんなこと考えたこともなかったのだ。
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
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