fc2ブログ
拙文書庫
稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
最近の記事



プロフィール

しゃんるうミホ

Author:しゃんるうミホ
青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
現在、ラオス旅行記掲載中!



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【僕の進むべき道】 その6

 ホテルに戻って僕は地図を持ち、男子の部屋を訪れた。

「どうもどうも、わざわざありがとう。さ、どうぞ、お入りなさいな。」

 男性はドアを大きく開け、招き入れる手つきをした。本当はこれからシャワーを浴びて汗を落としたかったんだけど、少しだけならという思いで部屋に入った。

「ほうら、こういうの、どうです。」

 男性は備え付けの陶器のマグカップにお湯を注いで差し出した。中にはティーパックが入っている。

「中国のお茶もいいけど、ホッとしたい時はメイドインジャパンがやっぱりいいでしょう。」

 そのティーパックは日本茶だった。

「すみません、いただきます。」

 椅子に腰をかけお茶をいただいた。二口ほど飲んでから持ってきた地図を男性に渡した。

「いやァ、すみませんねぇ。ありがとう。」

 男性は早速老眼鏡をかけ、地図をじっくりと見た。

「これはずいぶん丁寧に書き込みしてありますね。いいんですかな、いただいても。」

 男性は鋭く頭を上げた。僕がうなずくと

「えーっと、失礼、お名前をまだ伺ってませんでしたな。」
「戸田といいます。」
「戸田さんね。えー、私はもう名刺など持っとらんからしょうがないですがね、ウリュウといいます。‘瓜’に‘生まれる’と書いて瓜生です。」
「瓜生さん・・・」
「はい、そうです。それにしても戸田さんが書き込みなすったこの地図、ガイドブックの地図よりも詳しいんじゃないですか。私も一応ね、地球のなんとかっていう指南書を持って来たんだが、どうも距離感とかねえ、つかみづらくてねえ。」

 瓜生さんは僕の地図を丁寧に見ては感心している。地図は現地調達だが、今まで行った店やら郵便局などのインフラなどを赤で印を入れ、書かれてなかったことも多く記入していったので、かなり詳細になっているのは確かだ。

「はあ~、こりゃあ助かる。」

 瓜生さんがあまりにも感心して地図に見入っているので、こっちもつい言ってしまった。

「よろしかったら参考までに他の町の地図も差し上げましょうか。あとウルムチ、トルファン、ホータンのがありますけど。」

 瓜生さんはゆっくりと顔を上げ、少し下にずれた眼鏡を上に押し戻しながら優しい口調で言った。

「いえいえ、これ1枚でじゅうぶんですよ。この地図だってこんなに詳しく仕上げてあるからいただくのが申し訳ないくらいだ。戸田さん、あなたが今までどこをどういうふうに旅行されていたか知らないが、こういう地図は戸田さんの足跡でもあるでしょう。あなたが見知らぬ町で、見知らぬ土地で生きていた証拠だ。どうかその証しを大切にして日本にお帰りなさい。」

 なんだか急に瓜生さんが仏様か何かに思えた。

「はあ、でも実は僕、旅をしても結局何が得られたのかわからなかったんです。僕と同じようにこの宿にたむろしていた仲間はちゃんと自分の目標を見つけて、それぞれ帰国していきました。僕だけ置いてけぼりを食らったみたいで・・・それならいっそ、こんな時間つぶしみたいな旅にけりつけて、日本に戻って就職活動でもしようかなあ、なんて思いまして。」

 瓜生さんはしばらく笑みをたたえたままじっと僕を見つめていた。

「だからいいんです。地図は日本に帰っても役に立つっていう代物でもないし・・・」

 沈黙が怖くて話を続けたが、瓜生さんが急に遮った。

「戸田さん、あなたはそう思っているかもしれないが、人生にね、役に立たないものや無駄なものなどないんだよ。自分がしてきたことにはね。私は退職するまで図面をかく仕事をしてきたんだが、若い頃はね、ちょうどあなたくらいの頃だねぇ、一本の線を引くのにもずいぶん迷いがあったし、失敗もした。だけどその迷いや失敗があってこそ、将来いい図面がかけるようになったんですなァ。ですからねえ、今はこんな地図、役に立つもんかなんて思っていても、将来これがあなたの支えになるやもしれない。勿論実際にはまたこの地図で同じ町を訪ねるってことはないかもしれないが、ずっと後になってこれが精神的な支えにねぇ、なってくるかもしれないですよ。」

 瓜生さんの口元の皺が口を動かす度にやわらかくしなった。

「それにね、戸田さん、今あなた、何か迷いがある状態でしょう。こんな時に慌てて日本に帰っても結果は同じじゃないですか。自分の志がはっきり定まらないまま焦ってもダメです。急がば回れ。折角日本を離れ、遙かこんな所まで来たんだ。もう少しあがいて、いろんなものを見てみたらどうです。人は人、自分は自分だ。物差しは一人一人違うんです。」
「そうでしょうか。」
「うん、心配しなさんな。戸田さんのように今の若い人は幸せだ。私が二十歳の頃は昭和20年代から30年代に移る頃だったからね、そう、ちょうど日本が高度成長期に差しかかった時分で、皆が皆働け働け、他の国に追いつけそらそらって時代でしたから、余裕なんてとてもとても。旅行なんて、ましてや海外旅行、海外放浪なんか夢のまた夢でした。それが今ようやく、この年になって実現しました。戸田さんは旅行がしたいと思った時期に願いが叶ってるでしょう。だからね、この時をね、どうか大切になさい。」


ブログランキング【くつろぐ】

ブログランキング

ブログランキング
スポンサーサイト




テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://shanlu.blog75.fc2.com/tb.php/108-87078552