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中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【エピローグ】

 カシュガルは朝から賑やかだ。人の集まるところにはお喋りやロバのいななき声、荷物を運ぶトラックの通る音が、終わらぬ音楽のように耳に入ってくる。ウイグル帽をかぶった白い髭のおじいさんが煉瓦を積んだ荷台をロバに牽かせようと、ホイッホイッとかけ声をかけ進んでいく。健気にも鼻を垂らしながら重い荷物を牽くロバに同情しつつ、朝飯の店を見繕う。ナンの店を見つけ近寄ると、

「ヤポンルック、ナン食べるか?」

と、太った店主が竈からナンを引っ張り上げた。ホカホカできたてのナンをもらい、木陰の石段に座ってパクついた。

 ぼんやりナンを頬ばりながら目の前をいろんな人が行き交うのを眺めた。レースをかぶり矢がすり模様のワンピースを着たウイグル女性、麻袋を担いだ屈強なウイグル男性、裸足で駆けていくウイグル少年、アフガンスタイルのブルカで頭からすっぽり体を覆い小股で歩く女性・・・。右へ左へ流れていく人達の中にふと見覚えのある顔を見た。あれっ、あの人は誰だっけ?黒いウイグル帽、白髪まじりの顎髭、くわえタバコで歩いている男が僕の前をスッと通り過ぎたのだ。誰だったっけ、誰だったっけ。僕はナンを食べるのをやめて立ち上がった。男は雑踏の中に消えようとしていた。あ、そうか!思い出した!彼は靴職人だ。職人街の通りで靴を縫っていた男だ。と、突然彼が言った言葉が頭の中で蘇った。

「おい、ヤポンルック、質は大切だぞ。」

 咄嗟に僕の頭の中で花火が上がり、体中火花が散ったように震えた。そうだ、質は大切だ。人の質というものも重要なのではないか。志を大きく持って自分の道を歩きたい。そう思うと体の中の血が沸騰してくるような気がした。妥協すると自分を裏切ることになる。僕はズボンのポケットに手を突っ込み、瓜生さんからいただいた手紙を握りしめた。と同時に駆け出していた。あの靴職人に聞きたいことが僕の中でどんどん膨らんだ。

 彼はどこへ行ったんだろうか。バザールに蠢く人々をジグザグに交わしながら靴職人の姿を探し回った。ざわめきと暑さと人いきれに酔いそうになりながらも、とうとう男の背中を遠くに見つけた。僕は何度も人やロバにぶつかりそうになって彼の姿を見失いそうになった。見失ってなるものか。これが自分にとっての夢につながるかもしれない。よろめき、汗でベタベタになりつつ、僕は夢中で朝のバザールの中、靴職人を追いかけた。


 今日もカシュガルの朝は暑い。バザールには波打つように人がうねり、ロバのいななきがあちこちで聞こえる。いつもと変わらぬ夏のカシュガルだ。太陽は容赦なく人々に照りつけ汗を流させる。しかし今日からはそれがエネルギーになり、やる気を起こさせてくれるものに変わった。本当の夏が始まる予感がし、僕自身の扉がここで大きな音を立てながら開いていくのを感じた。

 かつてシルクロードを旅した人達はここで様々なものを見たり、いろいろな人に出会ったりして何かを考えたことだろう。僕もそんなシルクロードの旅人の一人になれただろうか。明日、友だちに手紙を書こう。書きたいことが山ほどある。僕の気持ちの変化をわかってくれるだろうか。

 砂と小石を巻き上げながらロバ馬車が連なって走って行った。風に乗って砂がサーッと散っていく。それはまるで魔法使いがかける魔法みたいに、ゆっくりベールのごとく広がって消えた。砂漠のオアシスの砂埃は熱い。僕は砂埃と流れる汗を拳骨で遮りながら前を向いて歩いた。シルクロードの魔法にかかったように、僕のエネルギーは今大きく燃え始めた。


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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学