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中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【僕の進むべき道】 その8

 瓜生さんの問いかけに答えあぐねていると、

「ははははははは、、まあ、あまり真剣に悩まないほうがいいかもしれんねぇ。」

 瓜生さんはカラカラと笑い、自分のコップに湯を注ぎ足した。

「まあ、自分は何に向いてるかいろいろ試してみるとよろしいでしょう。いろんなことにぶつかんなさい。ああでもない、こうでもないって迷いながらねぇ。」

 瓜生さんはフーフーと息を吹き、お茶を冷まして一口ゴクリと飲んだ。

「そうですね。何がしたいか、それを見つけなきゃいけないのは自分でもわかってるんですけど・・・」
「そうですな。それを見つけ出すのは試行錯誤が必要かもしれんねぇ。ああ、これだっていうのを見つけるのは簡単にいく人もいるが、難しい場合も多い。いったい自分は何が好きなのかわからない人も多いでしょう。でもこれは人生で一番大事なことだと私は思いますよ。いい学校に入るよりも、いい会社にはいるよりも困難かもしれません。だけどね、だからこそ妥協はしちゃいけないと思うんです。」
「妥協しちゃいけない・・・んですか。」
「ええ。何に向いてるかだけじゃなくて、何に向いてないかという点も自分で見極めて、そう、下の息子もそれで悩んだんだが、捨てるものととっておくものをきちんと選別するのがよろしかろう。」
「得意なことと苦手なことをより分けるってことですか。」
「そうです。切って捨てることも大切ですな。苦手なことなのに持っていては重荷になる。向きじゃないと思えばやめたらいい。向きだと思うものの中で選択していったら、そこから夢が生まれるやもしれない。」
「夢・・・ですか。」
「ええ。夢は大きくなくてもよろしい。自分に合った夢でいい。ただ、夢を描くとそこに辿り着くまでには山あり谷あり、苦労はつきものでしょうな。でも、それがいいんです。挫折は大いに味わいなさい。勿論、挫折したままじゃあいかんが、それを乗り越えようとするエネルギーが人を変えるんです。そして見事壁を乗り越え挫折から立ち直った時、一回り大きくなってますよ、人間がね。挫折は神様からのプレゼントですな。」
「挫折はプレゼント・・・ですか。」
「そうです。挫折を知らん人間は人の気持ちもわからん。挫折を味わえばそれを解決しようとするワザや知恵を生み出す。強靱な精神と思いやりが育ちます。だから若い人にはどんどん挫折しなさいって言うんですよ。」

 僕は胸の奥が熱くなった。小さな火が心の奥の奥の方に点いたような気がした。

 ドミトリーに戻り、僕はベッドに仰向けになった。天井を見つめていると、さっき瓜生さんに話していただいた言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。昨日の晩と同じ状況だ。でも、きのうと今日では明らかに違っていた。きのうはただただ不安で眠れなかったが、今晩は瓜生さんの言葉が体に心地よかった。ちょっと勇気づけられたような、背中を押されたような気がして精神的に楽になった。今日はゆっくり眠れそうだ。同部屋のバックパッカー達のお喋りや、持ち物を整理する音や、シャワーの音などの雑音が子守歌のように耳に響き、いつのまにか眠っていた。

 翌朝目覚めると同部屋の連中は半数以上起きていて、洗面やら着替えやら朝の支度をしていた。ざわめきの中、目をこすり伸びをする。ちょっと爽やかな気分だ。遅まきながら僕も身支度を調え、軽い足取りで階下へと下りた。今日も暑そうだ。でも、この町をもう一度じっくり見てやろうという気が湧いてきて、上向き調子なのが自分でもわかった。一階ロビーを通り過ぎようとした時、受付の女の子が呼び止めた。

「お手紙が届いてるわよ。」

 僕に?女の子から丁寧にたたまれた白い紙を手渡された。いったい誰からだろう。急いで開いてみた。

 戸田様
 別の町へ向かいます。貴殿にはお世話になりました。ありがとうございました。捜し物が見つかりますよう、ご健闘をお祈りしております。どうか精一杯青春を謳歌なさいませ。                           瓜生

 瓜生さんはカシュガルを離れたのか。まだろくに観光もしてないだろうに、どこへ行ってしまったんだろう。一人旅にはまだ慣れていないようだが大丈夫なんだろうか。ふと不安がよぎった。しかし、頭には声高らかに笑う瓜生さんしか浮かんでこない。戦争を体験した瓜生さんのような人には、もう怖いものなんかないのかもしれない。心配は取り越し苦労なのかもしれないなと思い直した。 

 僕はもう一度手紙を読んだ。見つけられるだろうか、僕が探しているものは。少なくとも応援してくれる人がいる。左手で手紙を握りしめ、右手の拳を胸に当てた。そして再び折り目に沿って手紙をたたみ、更に小さくたたんでズボンのポケットの奥に突っ込んだ。瓜生さんの手紙はお守りだ。そう、彼はもしかすると救いの神だったのかもしれない。ひょっとしたら神様が瓜生さんの体を借りて、助言しに来てくれたんじゃないか。そう思うと瓜生さんと話したことが夢だったようにも感じられた。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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 僕の進むべき道 【その7】

 結局瓜生さんはカシュガルの地図を一日だけお借りしますと言い、他の町の地図は受け取らなかった。この日の夜、僕はドミトリーのベッドに横たわったままなかなか寝付けずにいた。瓜生さんの言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡り、目が冴えてしまった。

 ほとんど眠れぬまま朝を迎え、起き出した客の雑音ですっかり目も覚めた。これからどうしようか。苦悩を抱えつつ街に出て彷徨う。カシュガルの主要な場所はもう行き尽くしていたが、もう一度歩き回った。まるでおさらいでもするように、自分自身を辿っている気分だった。だけどいくら街を歩き巡っても答など見つかりはしない。

 疲れた体を引きずるように、夕刻ホテルに戻ってきた。ロビーのソファーに倒れ込み、フーッと大きく息をつく。目を閉じ、まとわりつくような気だるさを振り払おうと試みる。そのうち睡魔に襲われ深い眠りに引きこまれた。

 ガクンと頭が下がり、ハッとした。あれ、ここはどこだ?一瞬わからなかったが、ロビーのソファーで眠りこけていた自分に気づいた。いったいどれくらい眠ったのだろう。外はもう暗くなりかけていた。

「目が覚めましたかな。」

 すぐそばで突然声がした。見ると瓜生さんが向かいのソファーに腰掛けていた。

「15分ほど前に戻ってきたんですがね、戸田さんが気持ちよさそうに眠っているじゃないですか。これをお返ししようと思いましてね、お目覚めを待っていたんです。」

 瓜生さんはショルダーバックからきのう僕が貸した地図を取り出した。

「どうもありがとうございました。お陰で大変役に立ちましたよ。」

 僕は、はぁと地図を受け取った。

「それじゃあ。」

 瓜生さんは立ち上がり、自分の部屋へ帰ろうとした。

「あの、瓜生さん。」

 ふと口をつき、僕は瓜生さんを呼び止めていた。

「もう少しお話伺ってもいいですか。」

 瓜生さんは顔の皺を何重にも作って笑顔を見せ頷いた。僕は瓜生さんの後ろについてまたお部屋にお邪魔した。

「今日も日本茶でいいですかな。」

 瓜生さんはバッグをベッドの脇に置くと、マグカップを持ち上げた。戸棚から緑茶のティーバッグを取り出し、カップに入れ、湯を注ぎ入れた。

「今日もずっとあれこれ考えていたんですが、迷い道に入り込んでわかんなくなっちゃったんです。自分のしたいことがよくわからなくて。何をやったらいいのか全然見つけられなくて。あの、瓜生さんはどうやって自分の仕事を選ばれたんですか。」

 緑茶の入ったマグカップをどうぞと手渡してくれてから、瓜生さんはドサッとベッドに腰掛けた。

「そうさねぇ。私の場合は至極単純でしたねぇ。私は東京生まれの東京育ち、江戸っ子なんですがね、戦争で東京に空襲が落ちてきたもんだから、母方の親戚がいる群馬のに疎開したんです。十二の時に終戦を迎え、姉や弟とともに東京に戻ってきたんだが、住んでいた町はすっかり変わり果てていました。一面焼け野原だ。隣近所に住んでいた人達もそれぞれ戻ってきたんだが、家や商店なんか影も形もなくてね、皆一緒に泣きましたよ。家族を失い、家を失い、皆が路頭に迷った時代です。その時幼心に思ったんですよ。失った家族を取り戻すことはできないが、家はもう一度造り直せるだろうってね。家を造る仕事に就きたいっていう動機は私の場合、戦争だったんですよ。」

 瓜生少年が焼け落ちた家々を茫然と眺める様子を、僕は必死で想像してみた。

「私らの少年時代はないない尽くしの時代だった。だからこそ夢を持ちやすかったのかもしれません。私のクラスメート達も皆何らかの夢を持ってましたねぇ。医者になりたい者、相撲取りになりたい者、教師になりたい者、みんな無邪気で、且つ真剣だった。それに比べると今の時代は便利で豊かな世の中だ。こんな時代に夢を持つのはかえって難しいのかもしれませんね。」

 瓜生さんはごくりと自分のお茶を飲んだ。

「はぁ~、中国茶もいいですが、喋りながらの一杯の日本茶もなかなかいいもんですなあ。ははははははは!」

 僕も黙ってお茶をいただいた。

「まあ、私は割合簡単に自分の道が見つかりましたがね、息子はそうでもなかったようです。うちには息子が二人おりましてね、上の息子は製薬会社に就職しました。バブル経済まっただ中で就職活動の時期は売り手市場でしたからね、割に楽に仕事先を見つけられたようだ。けど、下の息子は違いました。いったん食品会社に入ったんだが挫折しましてね。サラリーマンには向いていないというのが途中でわかったようでして、とうとう脱サラしましたよ。15年くらい前だったかな、下のは魚屋を始めたんです。」
「えっ、魚屋!?」
「ええ、そうです。二番目は企業で働くより自分で商いするのが性に合っとったんでしょうな。魚屋になるってぇ時はこっちもひどく心配しましたがね、今は軌道に乗ったようで私もよかったと思っています。同じ子どもでもそれぞれ違うもんです。下の息子は魚屋になる前、あなたと同じようにずいぶん悩んでいました。会社で仕事をしていると、自分が自分じゃないようだってよく言ってましたよ。兄の方は要領がよく、会社の仕事をそつなくこなして、休みには趣味などをやる。でも、弟の方は仕事を全て自分の生き甲斐にしたいタイプだったようです。」
「お兄さんと弟さんでタイプが違った・・・」
「そうさねぇ、息子を持って初めて人間には2種類あるってわかりましたよ。兄のように会社に勤めて仕事をやり余暇は余暇で楽しむタイプと、弟のように仕事イコール趣味っていう生き方をするタイプとね。下のヤツは休みの日でも魚と格闘しとります。売るだけじゃなくて魚の研究もやるし、暇さえありゃ魚を使った料理をああでもない、こうでもないって試してますよ。元々釣りが趣味だったんで、それが高じてああなったんでしょうな。いつでも話題って言えば魚です。兄の方はそれとは逆でね、休日は仕事と関係あることは一切しない。仕事も好きというほどでもないらしい。でも、仕事はやることはやる。そりゃ仕事だからね。それでおまんま食ってるわけだから。戸田さん、あなたはどっちのタイプでしょうな。」

 僕ははたと考え込んだ。そんなこと考えたこともなかったのだ。


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