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稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【僕の進むべき道】 その2


 コージさんに奥さんがいる!既婚者だったなんて思いもよらなかった。僕はポカンとしてしまったようで、

「びっくりした?そんなに?」

 コージさんの方が意外そうに聞いた。

「ええ、だって一人でバックパッカーやってるのは独身者だとばかり思ってましたから。で、コージさんがこうやって旅してる間、奥さんは・・・?」
「うん、日本にいるよ。川崎で働いてる。」
「奥さん一人残して長い間離れてて大丈夫なんですか?」

 僕は恐る恐る訊ねた。

「さあね。俺は大丈夫だと思ってるんだけど、向こうはどうかなぁ。」
「ちゃんと連絡取り合っていたんですか?」
「うん、たまにこっちからね。向こうからはできないだろ。俺がどこにいるかなんてわからないんだからさ。」

 コージさんはハハと笑った。

「だけど、なんでまた奥さん置いて一人で長い期間旅に出たんですか?」
「お、ズバッと聞いてくれるねぇ。ま、だけど誰が聞いても、こんな俺なんかダメ亭主と思うだろうな。実際ダメ亭主なんだけどね。俺、髪結いの亭主なんだ。」
「髪結いの亭主?」
「うん、昔っから言うだろ。髪結いの亭主はヒモ同然だって。妻は美容師なんだ。だから俺がいなくても一人で生きていけるんだよ。今も毎日勤務先の美容院と家を往復してるよ、彼女は。一人で強く生きてる。」
「はあ、奥さん、美容師さんなんですか。」
「そう。だから旅に出る前は妻に養ってもらってたんだ。完全にヒモ状態だったんだよ、俺は。」
「仕事、やってなかったんですか?」
「自分で興した会社が、会社って言っても小さい会社だったんだけど、倒産してね。化粧品関係だったんだけどさ、早かったなあ、潰れるの。」

 コージさんは口の端っこでニヤッと笑った。

「売れるはずだ、当たるはずだっていう傲りがあったんだろうな。それがポシャッちまった大きい原因。それからは自暴自棄になってパチンコに麻雀の憂さ晴らしって、堕落していく男が辿る道を俺も辿ったよ。そんな自堕落な俺を尻目に妻はマイペースで仕事してた。俺がだらしない生活してるのに、文句一つ言わずにね。でもそれが逆に苦しかったんだ。馬鹿者!とか、しっかりしてよ!って泣いて喚いて罵ってくれた方が気が楽だったかもしれない。パチンコしながらも俺は針のむしろに座っているような気持ちだったよ。」

 僕は耳を疑った。コージさんにこんな過去があっただなんて。

「会社がなくなって半年くらいだらけた生活が続いたある日、妻が言ったんだ。旅にでも出てくればいいんじゃないって。軽い調子で言ったんだ。彼女はアドバイスのつもりだったんだろう。こんな不甲斐ない俺にたまりかねてね。でもその時の俺はすっかり気持ちがねじ曲がっちまってたからムカッときたんだ。その言いぐさがね。この女、亭主がいなくても平気なんだ、自分一人でもじゅうぶん生きていけるんだ、俺を食わしていくのが面倒になったんだ、俺を追い出すつもりなんだって、悔しくてね。じゃ、出てってやるよって、出てきたんだ。母親に反抗する中学生と同じだろ。」
「はあ・・・奥さんの言葉が旅のきっかけだったんですか。」
「そう。俺が見知らぬ土地でのたれ死んでもこの女はさほど驚きゃしないのかって、むかついたんだよ。その翌々日だね、リュック担いで日本を飛び出したのは。妻のタンス貯金を勝手に持って出て来たよ。最低の亭主だろ。」

 いつも明るくドミトリーの仲間を元気づけていたコージさんの知られざる側面だった。どん底の中、海を越えたコージさんの気持ちがどんなだったか僕には想像できないが、何の目当ても目的もないまま飛び出して来た空しさは察することができた。僕も何かを見つけたくて日本を出て来たのだから。

「横浜から九州まで行って、そこから釜山行きの船に乗ったんだ。流浪の旅は韓国がスタートだったのさ。フェリーの中でリュックを開けたとき、一番底に妻からの手紙が入っているのに気づいてね。こっそり入れてたんだろうな。短い手紙だったんだけど、何かを見つけて必ず帰ってきてほしい、ずっと帰りを待っているからっていう文面だった。俺は妻にろくに挨拶もせずに出て来たんだけど、妻には俺がそうするだろうって事がわかってたみたいだった。山の神ってのは恐ろしいね。何もかもお見通しだ。こりゃかなわんと思ったよ。でも、同時に泣けてきてね。一人でデッキに上がって海を見ながら泣いたよ。妻は俺のこと、すごく心配してたってのがその時わかったんだ。で、決心したのさ。何か本当にやりたいことを見つけるまで帰っちゃいけない、それまで広い世界をよく見てやろうってね。妻に初めて感謝したよ。」

 コージさんは薄暗くなりかけてきた東の空をふと見上げた。

「なんか・・・・・いい話ですね。感動しました。」

 僕はコージさんのうつむいた目蓋を見つめた。

「さすらいの旅もとうとう今夜が最後だよ。明日香港に出たら、ジ・エンド。」
「じゃ、騒げるのは今晩限りですね。」
「うん、そうだよ。だから飲も飲も!」

 ちょうど一品目のおかずとビールが運ばれてきた。コージさんはビールの栓をテーブルの端っこに引っかけ、上から拳でガンと栓を叩いた。シュポッと小気味よい音がして栓が飛び、ビール瓶の口から少し泡が吹きこぼれた。

「つき合ってくれて嬉しいよ、戸田君。」
「いえ、そんなお礼なんてとんでもない。さ、コージさんの旅の終わりに乾杯しましょう。」

 僕らはビールを縁まで注ぎ入れたガラスコップをカチンと合わせた。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【僕の進むべき道】 その1

 夕方、島本君と三谷博士にお別れを言った。明日カシュガルに戻ることにしたのだ。ホリデーインホテルにも寄って駒田先生に挨拶に行った。が、先生は外出中と見えて部屋にはいなかった。お世話になりましたと短い手紙を書き、フロントに置いてきた。
 
 翌日予定より1時間10分遅れでカシュガル行きのバスが出発した。後方の窓側の座席に身を縮めて座る。流れる景色を見ながら、僕はこの1週間余りの出来事を思い返していた。池上君、イギリス人のトーマス、ヒサコさん、柳原さん、佐伯さん、根岸君、駒田先生、島本君、三谷博士・・・・・それぞれの顔が浮かんでは消えた。それはバスに乗っている3日間ずっと続いた。バスの中から見える景色がどんなに変わっても、目の前に現れるのは出会った人の顔だった。旅は景色を見ることではなく、人に会うためにするものなのかもしれないとふと感じた。

 3日目の午後、バスはカシュガルに着いた。また常宿のチニバーに戻ると、受付の女の子が戻ってきたのねと苦笑いした。懐かしいドミトリーにまたチェックインだ。部屋に入ると旅行者の顔ぶれはがらりと変わっていた。僕は一番隅っこのベッドに腰をかけ、リュックを下ろしてフッと息をついた。またしばらくこの町で沈没するとしよう。パキスタン人が多いことや東南の噂などもあり悪評高いチニバーだが、泊まり慣れれば居心地がいい。ここでまたリフレッシュして次の町を目指すとしようか。ベッドに寝転がろうと靴を脱いだ時だった。

「あれっ、舞い戻ってきたか!」

 コージさんの声がした。思わず声の方を振り返った。相変わらず赤いバンダナをおでこに巻いていた。

「よかったよ、最後に戸田君に会えて。」

 コージさんは嬉しそうに笑った。
「最後って?」
「うん、俺、明日の午後広州に移動するんだ。さっきチケット取ってきたところなんだ。」「そうだったんですか。」

 コージさんともお別れか。

「うん、だからよかったよ。シルクロード最後の夜に戸田君と飲み明かせるな。」

 折角再会できたコージさんと明日でお別れかと思うと、急に寂しくなってきた。

「広州からすぐ香港に出て、安チケット手に入れたら帰るよ、日本に。」

 そうか、池上君に続きコージさんも帰国してしまうんだ。

「コージさんはまだまだこの辺をうろうろするのかと思ってましたよ。」
「そうしたい気持ちは山々なんだけど、うろついてばかりもいられなくなってね。ま、金もなくなってきたからな。金の切れ目が旅の切れ目さ。」

 コージさんはハハハと笑った。

「疲れてるんだろ。どっからのお戻り?」
「ウルムチです。」
「じゃ、ゆっくり休めよ。晩飯時にまた誘いに来るから。」

 そう言うとコージさんはまた部屋を出ていった。僕はまず溜まった洗濯物をゴシゴシやっつけてからベッドに横たわり、そのまま眠った。

 夜7時過ぎに目が覚めた。夜7時と言ってもカシュガルでは真昼のように明るい。

「おはよう、お寝坊さん。」

 僕が起きたのに気づき、コージさんが声をかけた。

「カシュガル最後の晩餐にお付き合いくださいませ。」

 コージさんは執事のようにおじぎをしておどける。

「あ、はい。僕だけでいいんですか。」
「うん、戸田君と二人っきりの方がいいな。お、なんか恋人同士みたいな言い方になっちゃったな、ハハハハハ。」

 コージさんと僕は部屋を出、街を歩いた。

「少し歩くけど中華料理メインの店に行こうか。」

 コージさんはスニーカーをトントンと履き直した。

「ええ、最後だから僕がご馳走しましょう。」
「いや、逆だな。戸田君にご馳走しなきゃなあ。」

 たわいのない話をしながら20分ほど歩き、目指すレストランに着いた。まだ夕飯には早い時刻だから客は少ない。僕らは屋外の二人がけのテーブルにつき、メニューの中からお互いの好みのものを軽く注文した。

「コージさんはこの旅、全部でどれくらいの期間だったんですか。」
「そうだなあ、1年と8ヶ月余りかなぁ。」
「結構行きましたね。」
「うーん、過ぎてしまえばあっという間だったかな。」
「旅の終わりはそう感じるんでしょうね。」
「戸田君は今で何ヶ月くらい?」
「2月半ばからですから半年経ったところです。」
「じゃあ、あと半年くらいあるな。頑張れよ。」
「頑張れるかどうかわかりませんけど・・・」
「それもそうだな。」

 僕らは互いに笑った。

「ところでコージさんは帰国したらどういうふうに・・・」
「うん、小さい会社でもやろうかと思って。実はシルクロードのものを売ろうかと思って、ここにいる間買い付けやってたんだ。」
「へえ!そうだったんですか。それで新彊に来たんですね。」
「いや、そうじゃないんだ。新彊に来てから貿易会社やることを思いついたんだ。うまくいくかどうかわからんけどね。とりあえず発進しようと思って。荷物も全部送ったよ。」
「すごいなあ、コージさん。そんなこと考えてたなんて。」

 僕は興奮した。

「じゃ、帰ったら忙しいですね、会社興すのに。だけど楽しいでしょうね、やりがいあるだろうなぁ。」
「迷惑がられるかもしれないけどね、周りに。」
「そんな。励ましてもらえるでしょう。」
「それならいいんだけど、アホなことやってるなーって妻に言われるって予想はしてるよ。」

 えっと思った。今、妻という言葉が聞こえたが。

「妻って・・・・」
「うん、俺、結婚してるんだ。」


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