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新彊野宴会(シンチャンバンケット)
新彊野宴会(シンチャンバンケット)

 【語学の天才】 その2

 お茶を飲んで一息ついてから、島本君にキャンパスを案内してもらった。校内のメインロードとなっているポプラの並木道を歩きながら学内の風景を見る。ポプラの葉が摺れる音は意外と硬質の響きだ。カサカサではなく、カタカタとかカチカチという風に聞こえる。

 運動場にはバスケットに夢中になっている学生や、サッカーボールを無心に追いかけている学生がいたり、木陰では本を読んでいる学生、ハーモニカを吹いている学生などがいて、日本のキャンパスとはちょっと違っていた。ポプラの葉ずれの音をバックミュージックに僕らはぶらぶら歩いていき、「小売部」という雑貨屋に来た。

「あ、すいません、ここでちょっと買い物しますね。」

 島本君が雑貨屋に入っていったので僕も後をついていった。島本君はシャープペンシルの芯、定規、消しゴムなどの文房具を買った。商品は全てすすけたガラスケースに入れられていた。カウンターの中にはやる気のなさそうな若い男の店員が、一人お菓子を食べながら椅子に腰掛けている。島本君に呼ばれて店員は嫌そうに立ち上がると、文房具をこちらに渡し、釣り銭を投げて寄越した。

「1毛足りないよ。」

 島本君が低い声で言うと、店員はポイッとあめ玉を放った。島本君は上手にキャッチし、ポケットにあめ玉を突っ込んだ。

「えっ!いいの、あめ玉で?」
「ええ、ここでは釣り銭がないときはアメとかガムとかが代わりになるんです。」

 へええ、そんな会計でいいのか。

 僕らが雑貨屋を出ようとしたとき、入れ替わりに誰かが入ってきた。

「ハイ、リュウ!」

 その人は島本君に話しかけた。眼鏡をかけた背の高い欧米系の男性だった。

「ハイ、トニー!」

 島本君は返事をし、

「トニー、牛乳なら今日はないよ。飲み物ならオレンジジュースとミネラルウォーター、それにトニーの大好物のペプシがあるよ。」

と、流暢な英語で男に言った。

「ああ、そりゃ最悪だな。しょうがない。外で買ってくるよ。ホリデーインに行くけど、リュウは何か要るものあるかい?」
「今のところないよ。ありがとう。」
「じゃ、またね。」

 トニーは手を振ると、急ぎ足で正門の方へ去っていった。

「あの人はここの英語の先生で、アメリカ人のトニー先生。いつも小売部に牛乳を買いに来るんです。サイダーが嫌いでね、いつだったか僕がペプシを飲んでると、『そんなまずいもんよく飲めるな』って突っかかってくるんですよ。アメリカ人ってコーラとか大好きだと思ったんだけど、トニー先生は炭酸飲料が苦手な、珍しいアメリカ人みたいです。」

 島本君はトニー先生の後ろ姿を見送りながら説明してくれたが、トニー先生がどうのこうのというよりも、僕は島本君の流暢な英語と、その発音の良さに驚いていた。

「へえ、そう。にしても島本君の英語すごいね。」
「ああ、僕、子どもの頃、親父の仕事の関係でロンドンに3年くらい住んでたんですよ。5歳から8歳くらいまででしたけどね、地元の幼稚園に通って、3年間エレメントリースクールに行きました。」
「じゃあ、帰国子女なんだ。」
「まあ、そうなりますかね。」
「へぇ、知らなかったなぁ。」

 僕らは小売部を出て、また歩き出した。校庭の中に敷かれた石の散歩道を進んでいくと、突き当たりに東屋があった。

「ハイ、リュウ!」

 東屋の腰掛けには先客がいて、島本君に挨拶した。ふんわりと長い金髪を後ろで束ね、赤ぶちの眼鏡をかけた西洋人の女性だった。

「ハイ、インゲ。何してるの?」

 柱にもたれ足を投げ出しているその女性に、島本君は聞いた。

「うん、涼しいところで本でも読もうかと思ったんだけど、やっぱり暑くて退屈してたところ。」

 彼女は上手い中国語で答えた。そして僕のほうを見てニコッと笑った。

「こちらは友達のミスタートダ。ヒトシトダ。」

 島本君が紹介してくれた。

「リュウ、ヒトシ、まあ座って。」

 彼女は自分の隣をポンポンと叩いた。僕らはそこに、石でできたベンチに腰を下ろした。

「この人は同じ留学生で、ドイツ人のインゲ。」

 島本君が紹介すると、彼女はすぐさま

「出身はケルンなの。ケルンって知ってるでしょ。」

と付け加えた。

「インゲはウイグル族の音楽と楽器に興味があって、それをやるためにここに来たんだとかで。」
「リュウだって結構音楽のセンスいいのよ。ねえ、そうだ、久しぶりに歌ってよ、あの歌!」

 インゲは島本君の肩にしなだれかかって甘えた。

「いやー、勘弁してよ!」

 島本君は首を振ったが、僕は気になった。
「どんな歌?」
「ローレライよ。リュウはドイツ語で歌えるのよ!」

 インゲは嬉しげに言って、下がってきた眼鏡の縁をクイッと上げた。
「へええ~、それは聴いてみたいなあ。」
「やめてくださいよ、戸田さんまで!」

 島本君は嫌がったが、僕とインゲは大きく拍手した。

「まいったなぁ、もう・・・じゃ、ちょっとだけですよ。」

 島本君は大きく息を吸い込むと、低いがよく通る声で静かに歌い始めた。ウルムチ財経学院の中庭にローレライのバリトンが優しく響いた。


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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学