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稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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 【旅の恋】 その7

 翌朝、池上君は早く起きた。上海行きの飛行機に乗るためだ。僕は民航バスの乗り場まで見送りに行った。池上君は元気に手を振り、ほなまた会いましょう、とバスの中に消えていった。楽しい旅の友がいなくなるのは残念だが、池上君とはまたいつでも会える。そんな気のするヤツである。
 
民航ターミナルからホテルに戻ると、柳原さんと佐伯さんももう出かけたと見えていなかった。ああ、彼女らは今日天池ツアーに行くって言ってたな。

 ヒサコさんに失恋した彼は昨日の晩から姿を消した。結局、きのうの夕方まで彼は部屋に戻ってこなかった。僕と池上君、そして女性陣で夕飯を食べに出、町をぶらついて帰ってきた時には、男性のリュックはなくなっていた。チェックアウトしたようだ。ヒサコさんを追いかけてクチャへ行ったのだろうか。5人部屋ドミトリーに僕は一人きりになってしまった。どっこらしょっと。自分のベッドに寝ころび、そのまましばらくまどろんだ。再び目を覚ますと、もう昼近くになっていた。どこかへ出かけようか。ウルムチの地図を広げてみる。そうだなぁ、博物館にでも行ってみようか。

 ウルムチの博物館は西北路の近くにあった。はるばるバスに乗って来たが、それほど大きくはない建物だった。まあ、退屈しのぎにはちょうどいい。館内を一通り見学し、出口に申し訳程度に付設してある記念品売り場も冷やかしてみた。キーホルダーやらバッジやら、お決まりのグッズが棚の上に並べられている。少し奥の方に置いてある絵葉書セットが気になって一組手に取ってみた。10枚1セットになっていて、ウイグル絨毯やウイグル族の衣装、ウイグル音楽の楽器などの写真が印刷されている。暇な時これに旅の便りを書いて日本の友人に送るのもいいか。僕は30元を店員のウイグル女性に渡した。彼女は金を受け取ると、サラサラと簡単な領収書を書いて無愛想にこちらへ投げてよこした。 
 
 葉書を買ったら早速使いたくなった。先輩にでも便りを書くか。あまりの暑さに涼を求め、ウルムチで一番豪華だと言われるホリデーインホテルに行った。そこの喫茶店で中国の物価から考えるととびきり高いアイスコーヒーを飲みながら、社会人1年目の先輩に宛てて葉書を書いた。
 
 ふと気がつくけば、僕のすぐそばに誰かが立っていた。見上げると、初老の男性がさっき僕が買った絵葉書をじっと見つめていた。男性は僕の視線に気づき、

「オオ、ソーリー、ソーリー。」

と、立ち去ろうとした。手のひらを立てて顔の前に持っていく仕草といい、英語の発音といい、その男性が日本人であることは間違いなかった。

「いえ、別に構いませんよ。ご覧になりますか。」

 僕は残りの絵葉書を指さして、男性を呼び止めた。

「やあ、あなた日本の方?」

 男性はこちらを振り返って微笑んだ。

「じゃあ、ちょっと失礼して。」

 男性は絵葉書を手に取り、

「これはどこで手に入れたんですか。結構いい写真ですよ。印刷はやや薄汚れてるけど写ってるものはすごいですよ。この絨毯なんか価値がありそうだな。」
「博物館で買ったんですよ。あ、よかったらこちらにおかけになりますか。」

 僕は向かい側の席を勧めた。じゃ、お言葉に甘えて、と言いながら男性は腰をかけ、ためつすがめつ絵葉書に見入った。

「骨董品に興味をお持ちなんですか。」

 僕が聞くと、男性はこりゃ失礼と言いながら懐から名刺を取り出しこちらに差し出した。

「こういう家業なもんですからね、ついついこういう類のものなら何でも首を突っ込んじゃって。」

 名刺には“城山大学文学部東洋史学科 教授 駒田啓一”とあった。駒田先生!?もしかしてヒサコさんにふられた彼が日記に書いていた先生か?

「あのう・・・先生は真鍋寿子っていう日本人旅行者、ご存じですか。」

 僕は思い切って聞いてみた。駒田先生は少しばかり顔をしかめてじっと僕を見つめた。

「いえ、ご存知ないならいいんですが・・・」

 僕が口籠もると、

「どうも彼女を巡る波紋が広がっているようだね。あ、どうも、これ。」

 駒田先生は独り言のように呟いてから絵葉書を返してくれた。そしてやおら立ち上がり、

「君、もしよかったら私の部屋でコーヒーの飲み直しでもしないか?」

と微笑んだ。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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 【旅の恋】 その6

 8月7日 晴
 朝目が覚めると真鍋さんは身支度を調えていた。チェックアウトすると言う。急いで起き上がろうとしたら、真鍋さんは悲しげにごめんなさいと謝った。やはり恋人でも夫婦でもない男女が一緒に旅行するなんて変よね、別行動しましょう、その方がお互いのため、と言うなり出て行った。追いかけようとしたが、そんなことをしたら余計嫌われそうだし、女々しい行為にも思えたし、やめた。夕べあんなことしなきゃよかったなあ。だけど、二人で中国を旅行しようって言い出したのは真鍋さんの方だ。ひどいよ、真鍋さん。きっと駒田先生を追ってトルファンへ行ったんだ。先生のこと気に入ってたから。あの先生が憎い。

 8月9日 晴
 予定通りトルファンに来た。トルファン賓館のドミトリーにチェックイン。本当は真鍋さんと二人で来るはずだったのに。急にいても立ってもいられなくなって、彼女を捜すことにした。が、受付にきいてみると、真鍋さんはこのホテルには泊まっていないとのことだった。どこへ行ったんだろう。念のため駒田先生もここに泊まっているか訊ねてみたが、先生の名前もなかった。くそぅ、あの二人、一緒に別のホテルにいるんだな。

 8月10日 晴
 朝から真鍋さんを探して歩いた。オアシス賓館という少しリッチなホテルに行って聞いてみたら、なんと彼女の名前が見つかった。駒田先生も一緒だった。やっぱりな。ただ、部屋は別々みたいなので一安心。部屋を訪ねてみたが真鍋さんはいなかった。帰ってくるまでずっと待っていようかと思ったが、急に自信がなくなりトルファン賓館に戻った。とにかくもうあんな事はしないし、友達としてまた一緒に旅したいと伝えたい。そう気持ちに整理をつけ、夜真鍋さんの部屋に電話を入れた。彼女は部屋にいた。が、僕の話を聞くと、もうお互い一人で旅をしようという答が返ってきた。私はあなたより6歳も年上だから、将来ある人を傷つけたくないとも言った。歩み寄る余地はないのか?最後に真鍋さんは今はこれ以上何も言いたくないから、話すなら明日の夜にしましょうと言った。明日の晩、もう一度こちらから電話をかけることにした。

 8月11日 晴
 トルファン8カ所ツアーに参加した。でも、真鍋さんのことが気に掛かり、何を見ているのかわからなかった。夜になって真鍋さんに電話をした、しかし留守。何度電話をしても真鍋さんは出なかった。避けられているのだろうか。

 8月12日 晴時々曇
 真鍋さんのことが気になって、朝から頭がおかしくなりそうだった。すぐオアシス賓館に行き307号室をノックした。が、出てきたのは欧米人の男性二人だった。真鍋さんはもうこの部屋にはいなかった。もしかして駒田先生の部屋?受付で先生のルームナンバーを聞き、訪ねてみた。先生は僕を部屋に招き入れてくれた。真鍋さんは別のホテルに移ると言ってきのうチェックアウトしたらしい。トルファンでの彼女の行動を聞いたら、おとといまで先生とずっと一緒だったらしい。けれど真鍋さんと二人きりというわけじゃなく、ほかにも別のツーリスト数人とともに行動していたのだとか。本当だろうか。先生はあんまり深追いしないほうがいいんじゃないかと言ったが、大きなお世話だ。その後、トルファン中の外国人宿泊可能なホテルを当たって真鍋さんを探した。が、結局彼女はどこにもいないことがわかった。

8月13日 晴
 ウルムチに来た。もしかしたらトルファンの次に予定していたこのウルムチに真鍋さんが来ているかもしれない。何故僕を避け、僕から逃げるのか。電話で話をしようと言ったあの言葉はウソだったのか。とにかくそれを確かめたい。その一心だった。昼にウルムチに着き、それからすぐ外国人が宿泊可能なホテルを全部当たってみることにした。夢中になってホテルからホテルへと、狂ったように歩き回った。最後に今日はここで終わりにしようと思った華僑賓館に辿り着く。受付で真鍋さんはいないという返事に、やっぱりそうかとうなだれる。が、受付の人は親切な人で、帳簿をいろいろ探してくれた。なんと、彼女は今朝方までここにいたことがわかった。やっと真鍋さんの足取りをつかめたのだが、また逃げられた。どっと疲れが出た。

「8月13日って、きのうだよなぁ。」

 僕はドアを開けて彼の顔を見たときのことを思い出した。元気なくうつむいた汗まみれの姿だった。その胸の奥にこんな気持ちを押し隠していたとは・・・・

「気の毒にね。そやけどヒサコさんかて、しつこく追い回されたら嫌気がさすやろね。」

 池上君は彼に同情しながらも、どこまでもヒサコさんの肩を持っている。

 確かに気の毒だ。ふられた者は皆そうであるように。だが、僕は彼が気の毒だというよりも、哀れでならなかった。ヒサコさんを追いかけ、ホテルからホテルへと彼女を探して歩き回る狂気の沙汰。失った恋を取り戻そうともがけばもがくほど、泥沼にはまりこんでいく様が胸を刺した。捨てられる身のやってはいけない悲しくも必死の行動が、恋に狂ったなれの果てが、ここに表れているんだと思うとやるせなくなるのだった。人は何故いけないとわかっていながら、恋に縋りつくのだろう。失恋する者のサガを感じずにはいられなかった。

「だからあの子、ヤク中じゃなかったのよ。真鍋さんに捨てられて落ち込んでたのよね。」

 柳原さんがフーッと溜息をついた。

「ショックだったんでしょうね。」

 佐伯さんもドア越しに言った。僕は柳原さんに日記を返した。きのうの日記は今日起きてから書いたものなのだろう。ベッドに腰掛け、背中を丸めながら彼が失意のうちを書き綴る姿をふと想像した。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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 【旅の恋】 その5

 彼女らが大胆にも人の日記を盗み読みしたのには驚かされたが、それで事実がわかったと言われたらその内容が大変気になった。しかしやはり他人のものを断りもなく勝手に見るのはためらわれた。

「やっぱ、まずいんやないですか。」

 池上君も同様に躊躇している。

「それに、もし、あの人が帰ってきたらさ・・・」
「大丈夫!私がドアの外を見張っとく。アイツが帰ってきたら合図するわ。」

 佐伯さんがドアに走り寄り目配せをした。

「このね、7月26日付けの所から読んでみて。」

 柳原さんが日記帳をめくり、あるページを開いて僕らの前に差し出した。池上君と僕は並んでベッドに腰掛け、一緒に彼の日記を読むことになった。

 7月26日 晴
 西安に着いた。4時間遅れで列車が到着し、午後にようやく駅に降り立った。和平飯店のドミになんとかチェックインOK。真鍋さんは予定通り待っていてくれた。もしかしたら彼女は来ないんじゃないかと少しばかり心配だったが、香港で会ったときのあの笑顔でいてくれた。よかった。

「なんやこれ!あの男とヒサコさん、いったいどういう関係!?」

 池上君が素っ頓狂な声を上げた。

「まぁまぁ、先に進もうよ。」

 僕は次のページをめくった。

 7月27日 曇
 朝から真鍋さんと町巡り。鐘楼、小雁塔、大雁塔、それに解放路の餃子飯店などへ行った。真鍋さんはすっかり明るさを取り戻しているようだった。

 7月28日 晴のち曇
 今日は東回りのツアーで、華清池、兵馬俑を見に行った。華清池はどうってことなかったが、兵馬俑は本当にすごいと思った。広大な中国だけある。あれを全部掘り出すには気の遠くなるくらいの時間を要するんだろう。観光地だけあって欧米の人が多かった。カップルも多い。僕らもカップルに見えたろうか。真鍋さんと手をつないで歩きたかった。

 7月30日 晴
 蘭州に着いた。蘭州飯店の服務員は愛想が悪い。チェックインできたから、まぁいいけど。3人部屋に真鍋さんと二人きり。真鍋さんはレーサーの元旦那さんのことは吹っ切れたと言った。今がチャンスかな。告白しようか・・・

「なにー!告白って!」

 池上君は興奮した。

「へえー、ヒサコさんの元旦那さんってレーサーなのかぁ・・・」

 ヘルメットをかぶり、レース用のスーツに身を包んだ屈強な男性の姿を思い浮かべた。怒りまくる池上君をなだめ、次のページに進む。

 7月31日 晴
 白塔山公園へ行った。クソ暑くててっぺんまで行くのにバテた。オープンテラス風の喫茶部で氷砂糖入りのお茶を飲んだ。真鍋さんはイスラム茶だと言った。お茶を飲みながら黄河を見下ろすと、穏やかな気持ちになった。この気分に乗じて真鍋さんに自分の気持ちを言ってしまった。押さえられなかった。でも、彼女はしばらく一人でいたいと言い、やんわりと断られてしまった。

 8月1日 曇時々晴
 縣空寺へ行こうと旅行社へ申し込みに行ったら、川の水量が少ないからツアー船は出ないというようなことを言われた。仕方なく町巡りをする。きのうの一件があったからか、真鍋さんは心なしかよそよそしくなったようだ。

 8月5日 晴
 莫高窟と鳴沙山へ行くバスにギリギリ間に合った。外国人観光客が多い。さすが莫高窟だ。山肌を掘って、そこに神を祀ったスケールの大きさには驚嘆。ここで城南大学の先生にあった。先生は莫高窟について詳しく解説してくれた。真鍋さんも興味があるのか、先生の話に夢中になって聞いていた。

 8月6日 晴
 きのう会った先生を訪ねて敦煌賓館へ行った。先生の部屋には歴史の本やら中国の地図やらがたくさんあった。真鍋さんは興味を示し、次から次へと先生の本を読み、いろいろと質問したりしていた。先生もゴキゲンだ。すっかりこの二人は意気投合したようだ。なんだか面白くない。お昼は先生の奢りで、久々にホテルのレストランで豪華な料理をいただいた。今日は結局ずっと先生とのお喋り会になってしまい、真鍋さんは嬉しそうだった。晩ご飯も町の綺麗なお店で、また先生にご馳走になった。ホテルに戻ったら夜11時を過ぎていた。
 あの先生について行こう、一緒にトルファンに行こうと真鍋さんが言う。僕が渋ると、別行動にしてもいいのよ、なんてツレないことを言い出すし。思わずカッとなってしまった。気がついたら真鍋さんをベッドに押し倒し、彼女の上に馬乗りになっていた。取り乱してしまった僕に対して、彼女は至って冷静だった。身をまかせてもいいが心はあげられないなんて、スケバン刑事みたいなことを言われた。のぼせていた頭が一気に冷めた。自分のベッドに戻るしかなかった。

「なんやてー!」

 池上君は声を荒げた。僕も声を上げそうになった。ヒサコさんとこの彼との生々しい内容に、胸の中がざわざわ騒いだ。ベッドの上の情景がフッと浮かんだ。きっとヒサコさんは男に組み敷かれても、わきまえたような顔をして落ち着いていたのだろう。そして彼の方は冷静さを失ってのしかかったものの、ヒサコさんの一言に胸をグサリとやられ我に返ったのだ。映画かドラマを見ているかのように、頭の中に台詞付きでそのシーンが映し出された。

「この男・・・この男・・・」

 池上君は唇を噛んでいた。顔が青かった。


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