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稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【旅の恋】 その4

 翌朝、僕と池上君はほぼ同時に目を覚ました。

「今日は上海へ行くエアチケット、買わないけません。」

 池上君は伸びをしながら言った。

「つきあうよ。」

 とうとう池上君ともお別れか。出逢いは別れの始めなんて言葉があったけど、確かにそうだとこの時切実に感じた。僕らの話し声で柳原さん達も目を覚ましたようだ。

「おはよう~。」
「今日もいい天気っすね。暑そう~!」

 彼女らも身を起こし、うーんと言いながら伸びをしたが 、夕べ入ってきた男性のベッドを見て互いにシーッと言った。彼はまだぐっすりと眠っていた。よっぽどくたびれていたんだな。僕らが慌ただしく朝の洗面なんかごそごそやっても、目覚める気配はない。

「そーっと、静かにね。」
「可哀想だから寝かせてあげよう。」

 僕ら4人は足音を忍ばせて部屋を出た。そして一緒に朝飯を食べに出かけた。

 ウイグル族のおじいさんがナンを焼いている店で我々は朝食を取った。緑色のウイグル帽をかぶり、白い髭を顔中に蓄えたおじいさんは、かまどから焼きたてホヤホヤのナンを取り出して並べてくれた。その香ばしく軟らかいナンをむしゃむしゃ食べている僕らを、優しい眼差しでおじいさんは見ていた。チャイのお椀を差し出してくれたその手には、幾筋もの細かい皺が刻まれていて、これまでこの地で生きてきた年輪を感じさせるのだった。

「ねぇね、夕べチェックインしてきたあの子、ちょっとおかしくない?」

 ナンを頬張りながら佐伯さんが言った。

「そやなあ、なんかしんどそうやったな。」

 池上君が頷いた。

「それもあるんだろうけど、なんか受け答えがおかしかったじゃない。」

 佐伯さんはちぎったナンをひらひらさせた。

「そうよ、反応が鈍かったよねえ、あの人。」

 柳原さんも同調した。

「元気なさそうだったな、確かに。」

 僕は夕べ彼が部屋に入ってきたときのうつろな目を思い出した。

「なんか顔色も悪かったし、ちょっと変よ。」

 柳原さんは納得いかないという表情でチャイを啜った。
「服装も・・・こう言っちゃなんだけど、バックパッカーにしてはスレてるっていうか・・・」
「そやったっけ?すごい汗かいてたんは覚えてるけど。」

 池上君がチャイのお代わりを自分で注ぎながら言った。

「あっ!もしかして・・・アレやってんじゃないの?ヤバいやつ吸ってるんじゃ・・・」

 佐伯さんが突如叫んだ。

「あー、なるほど、ヤクね。」

 柳原さんも大声を出した。

「そうよ、きっとそうよ、聞いたことあるもん。大麻とかヤクとかやったら頭がボーっとして反応悪くなるって!」
「やだぁ~、ヤク中の人と同じ部屋なんてさ!」
「ラリっちゃってたらどうする?」
「リュックの中にいっぱいその手のやつ隠してたりして!」
「いやだぁ~、犯罪者じゃん!」

 また彼女らの話はエスカレートしていく。

「憶測だけで大麻とかクスリやってるって、決めつけるのはよくないんじゃない?」

 僕は自分で言いながらも、夕べの彼が大麻を吸っている姿を想像してしまった。ひとしきり彼の話題で盛り上がったが、朝飯を済ませたので次の行動に移った。老板のおじいさんは目を細め、またおいでと手を振って見送ってくれた。

 女性陣は買い物と市内巡りに、そして池上君と僕は飛行機のチケットを買いに出かけた。CITSに行ったので、チケットは意外と簡単に手に入った。結局池上君は明日の午前の便で上海へ飛ぶことになった。いよいよ彼も日本へ戻るのか。

「戸田さんにはホンマお世話になりました。」

 池上君は急にかしこまった。

「やめてくれよ。そんな改まってさ。日本でもまた会おうよ。」
「そうですね。呼んでくれはったら、東京に飛んでいきます。」
「うん、僕も大阪に行く機会があったら、必ず連絡するから。」

 それから2時間ほど僕らは喋りながらウルムチの町をぶらぶらと彷徨った。歩きながら旅のこと、中国のこと、大学生活のことなどを話した。そして将来のことにまで話題が至った。池上君は大学2年だ。彼は経済学部だが、ゆくゆくは町作りに携われるような仕事をしたいという展望を持っている。今回の旅でインフラ整備の大切さを実感したのだと熱く語った。が、僕にはまだ展望がない。次の春から4年になるというのに、頭の中には何の設計図も描けていなくて、真っ白な紙がペランと一枚空虚になびいているだけである。春までに何かが見つかるだろうか。自分の道が見えかけている池上君が羨ましく、また眩しく思えた。

「そろそろホテルに戻りましょうか。」

 池上君の声でハッと我に返り、腕時計を見ると2時半をさしていた。

 僕らはドミトリーの部屋に帰ってきた。ドアを押し開くと、柳原さんと佐伯さんが先に買い物から帰ってきていた。しかし、夕べチェックインしてきた彼はいなかった。

「な~んだ、戸田さんと池上さんかぁ!」
「あああ、びっくりしたあ!」

 彼女らは大袈裟に驚いた。そして意味ありげに手招きをした。

「ねぇねぇねぇねぇねぇ、来て来て来て!」

 佐伯さんの声が少し低くなった。

「ほらほらほらほら、これ、見て見て見て見て!早く早く!」

 柳原さんもせわしなく言った。僕も池上君も不思議に思って彼女らに近づいた。柳原さんの手に一冊の小さいノートがあった。

「これ、大麻野郎の日記。」

 佐伯さんが更に声のトーンを落とした。

「えっ!人の日記、黙って読んでたの?」

 僕が思わず叫ぶと、彼女たちはそれぞれ口に人差し指を当ててシーッと合図した。
「だってこの日記、表に出しっぱなしにしてあったのよ。無造作にここに置いてあったの。だからつい・・・」

 柳原さんが彼のベッドの脇を指さした。

「でも、人の日記を読むなんてアカンよ。」

 池上君も眉根を寄せた。

「そうだよ、それに彼、今はいないけど帰ってくるよ。ヤバイよ、やめようよ。」

 僕は手を左右に振った。

「私達、これ読んじゃったの。それで事実がわかったの。」
「アイツ、大麻野郎じゃなかったのよ。ヤク中じゃなかったのよ。」

 彼女らは必死の顔つきで、そのノートを僕らに差し出した。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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 【旅の恋】 その3

 池上君と僕は互いに顔を見合わせた。

「これってヒサコって読みますやんね。」
「うん、やっぱりヒサコさんだ。」
「あれっ、真鍋さんのこと知ってるの?」

 佐伯さんが叫んだ。

「知ってるもなにも、今朝までここにいてはったよ。」

 池上君も叫んだ。

「そうかぁ、じゃ、タッチの差だったんだぁ~。」

 柳原さんはそう言いながらメモ帳をしまおうとした。が、

「あれっ?」

と、開いていたページをもう一度見て驚いた。

「おかしい、真鍋さんの住所・・・・・」
「え、どれ?」

 僕ら4人はメモ帳を覗き込んだ。真鍋寿子と書かれたその下に“岐阜県各務原市2-5”とあった。町名が書いていない。これなら手紙を出してもちゃんと届かないのではないか。それとも、町名など書かなくてもよいくらい地元では有名人なのか。

「なんでこんな書き方したんかな。うっかり町名書くの忘れたんやろか。」

 池上君が首をひねった。いや、書き忘れたのではない。わざと書かなかったんじゃないか。ヒサコさんは意図的に素性を隠しているのではないか。僕は直感的にそう思った。

「今まで気づかなかった・・・」

 柳原さんが小さい声で言った。

「そう言えば戸田さん、今朝ヒサコさんがチェックアウトするとき、なんや妙なこと言うてはりませんでした?」

池上君がはっとして聞いた。そう、それは僕もさっき頭をかすったのだ。彼女は『私のこと聞かれても知らないって答えて』と漏らしたのだ。急にチェックアウトをしたり、住所を不完全に書いたり、何か人に知られたくない事があるんじゃないか。そう思うとヒサコさんが突然ミステリアスな女性に感じられた。

「え、何て言ったの?真鍋さん、何て?」

 佐伯さんが池上君の肩を揺すぶった。池上君が答えようとしたとき、柳原さんが急に

「あっ!」

と大声を出した。

「思い出した!真鍋さんと一緒にトルファンツアー回ったとき、ちらっと言ってた!真鍋さんってバツイチなんじゃないかな?もしかしたら別れた旦那さんが追いかけてきているとか・・・」
「えー!ヒサコさん、結婚してはったんですか!なんかショックやなあ。」

 今度は池上君が大きな声を出した。

「そんな話、私聞いてないよォ。」

 佐伯さんが口をとがらせた。
「ウソだよ、サエもいたじゃん。ベゼクリク千仏洞でさ、香港人のカップルがいちゃついてたでしょ。あの時よ。」
「えっ、そうだったっけ。香港のラブラブカップルのことは覚えてるけどさぁ。」
「私がカップルを見て『ああ羨ましい~』って言ったら、真鍋さん、『私は羨ましくないかも。緑色の枠の書類書いたから』って。あの時はどういう意味かよくわからなかったんだけどさ、緑色の枠の書類って、離婚届でしょ?」
「えー、そんなこと言ったの、真鍋さん!」
「聞いてなかったの、サエ?」
「だってベゼクリク見るのに夢中だったもん。」

 柳原さんと佐伯さんが話しているそばで、池上君はがっくりと肩を落としていた。

「まさか離婚歴があるとは思わへんかった。」

 ヒサコさんは確かに先を急いでいると言った。それは柳原さんが言ったように、誰かに追われていて逃げているのかもしれない。だが、逃げるのなら何故旅などするのか。友達や親戚のうちに身を寄せるとか、ほかにいくらでも方法があるんじゃないのか。それとも日本にいてはまずい事情でもあったのか。池上君がショックに陥り、僕があれこれ考えているうちに、柳原さんと佐伯さんの話はエスカレートしていた。

「もしかしたら復縁迫ってきているのかな、真鍋さんの元ダンナ。」
「シルクロードまでやってくるなんてストーカーじゃないの。」
「どうする、刃物とか持って真鍋さんを追ってきたら。」
「ひゃあ、こわぁ。あ、ここにはウイグルナイフたくさんあるしね、やばいよ、やばい!」

 二人はキャッキャ、キャッキャと大騒ぎだ。

「戸田さん、人ってわからんもんですね。」

 池上君がぽつりと言った。

「そんなにがっかりしなさんな。離婚したってことは、ヒサコさんはフリーってことだろ。チャンスあるんじゃないの。」

 僕は池上君の背中をバシンと叩いてやった。

「ま、まあ、そうですけどね。・・・・そ、そうですね。そやそや。彼女はもう人妻やないんですよね。」
「私もフリーですよ。」
「そう、私も人妻じゃありませんよ。」

 柳原さんと佐伯さんが池上君の前にぬっと顔を突き出した。

「え!それ、どういうこと!?」

 池上君が一歩身を引いた。

「しっつれいねぇ~!」
「我々のことなんか眼中にないんでしょ。」
「そりゃ私らは真鍋さんに比べたら劣るんでしょうけど。」
「そうそう、だけどこれほど無視されたらねえ。」

 女性二人がじりじり池上君ににじり寄った。ひえぇっと顔を引きつらせ、すり足で後ろに下がる池上君の姿は滑稽であった。

「やあね、冗談よ、冗談!」
「池上さんって、面白いね。ハハハハハ!」
「もおォ、からかわんとってよ~!」

 結局最後は大笑いとなり、それから僕ら4人は楽しく晩ご飯を食べたり、二道橋市場をぶらついたりした。夜も更け、ドミトリーに帰ってからもお喋りは途切れなかった。でも、もうこの頃にはヒサコさんのことは忘れていた。もちろん彼女の謎はまだ残ったまま胸の片隅に貼りついていたが、池上君も柳原さんも佐伯さんも、そして僕も意図的にそれを胸の奥の方に押し込めた。これ以上ヒサコさんの秘密に踏み込んではならないような、そんな気がしたからだ。彼女は確かに何かを知られたくないようだし、住所を不完全に書いたのだって訳があったに違いないのだ。

 僕らはすっかり話し込み、気がつくと午前1時を過ぎていた。

「そろそろ寝ようか。」

 交代に歯磨きをして床につき、お休みなさいと声をかけ合い、電気を消した。その時だった。

 トントン

 ノックの音がした。なんだ、今頃。僕らは飛び起き、息を殺した。

 トントン

 またノックの音。怪しい奴か?僕と池上君が起き上がってドアの方に静かに近寄る。僕はノブの方に、池上君はちょうつがいのある方に。もしも暴漢か何かだったら、二人で挟み撃ちにして取り押さえる覚悟だ。柳原さんと佐伯さんも自分達の懐中電灯を握りしめていた。彼女らも応戦する覚悟だ。僕は池上君に目配せし、池上君は深く頷いた。僕はそうっと鍵をはずし、少しだけドアを開けた。するとそこにはリュックを担いだ男性が立っていた。

 なんだ、客なのか。だけどなんでまたこんな遅い時間にチェックインしてきたんだろう?

「チンジン(どうぞ)。」

 僕は中国語で彼を部屋に招き入れた。

「サ、サンキュー。」

 その男性は二拍くらい遅れて挨拶すると部屋の中に入り、空いている残り一つのベッドに腰掛けた。そしてリュックを下ろし、ハーッと長い溜息を漏らした。


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