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稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【旅の恋】 その2

 この日の午後、突然ヒサコさんが言った。

「わたし、明日朝イチでクチャに行くね。3日間楽しかった。戸田君、池上君、どうもありがとね。」
「そうですか。クチャも良いですよ!」

 僕はクチャ情報を彼女に教え、メモに書いて渡した。

「助かるわ、サンキュー!」

 ヒサコさんの明るい笑顔とは対照的に、池上君の表情は冴えなかった。

「もう少し一緒にいられるかと思ったんですけど・・・」

 思わず池上君の本音が漏れた。

「そう言ってもらえるなんて光栄だわ。でも、ごめんね、私、ちょっと先を急いでるんだ。」

 ヒサコさんは伏し目がちに言った。

「日本へ帰る日が迫ってるんですね。」

 僕がさりげなく聞くと、

「え?ええ、まあそんなところ。だからこれからバスの切符買いに行こうかと思って。もしよかったら、つき合ってもらえないかな。」

 ヒサコさんは珍しく我々にお願いした。彼女の頼みとあって池上君は張り切ってお供をした。僕もついて行ったが、自分が定食に添えてある漬け物のような存在だなあと思いながらも、まあいいや、と嬉しげにしている池上君の後ろにくっついてった。

 翌朝ヒサコさんはバスに乗るため早朝チェックアウトをした。

「見送ります!」

 静かに仕度をしていたヒサコさんだったが、物音に気づいた池上君はガバッと跳ね起きた。僕も目が覚めた。しかしベッドから起き上がろうとする池上君を制し、彼女は静かに言った。

「大丈夫よ。だから眠ってて、お願い。」

 爽やかな笑顔を残し、ヒサコさんはドアのノブに手をかけガチャリと回した。と同時に僕らの方に振り返った。

「あの・・・もしもよ、この後日本人の旅行者が入ってきて、もしも私のこと聞かれたら・・・いえ、私のこと聞かれても・・・知らないって答えてくれる?」
「え?」
「は?」

 僕も池上君も静止してヒサコさんを見た。3秒ほど時間が止まった。が、彼女は慌てて手を横に振り

「ううん、ごめん、何でもないわ。じゃ、行くね。ありがとう。バイバイ。いつかまたどこかでね。」

 パタンとドアが閉まり、ヒサコさんはウルムチを去った。僕と池上君は顔を見合わせ、彼女が去り際に漏らした言葉を頭の中で反芻していた。『知らないって答えてくれる?』ってどういう意味なのか。10秒ほどぼんやりした頭で考えたが起き抜けの脳みそは回転が鈍く、間もなく勝手に思考が止まってしまった。池上君も僕と同じと見え、またベッドに倒れ込んだ。僕ももう一眠りすることにした。

 その日の午後、また日本人の女性が僕らの部屋にチェックインしてきた。しかも二人だ。ヒサコさんがいなくなって寂しくなったドミトリーだったが、またすぐに賑やかさを取り戻した。

「トルファンから来ました~。」

 背の低い、色黒でショートカットの方の女の子が元気よく言った。

「ふう~う、やっぱ暑いですね、シルクロードは。」

 背の高い大柄の女の子が汗を拭き拭きリュックを下ろした。

「友達同士ですか?」

 僕は何気なく聞いた。

「うん、そうですね、今は。私らもともと一人旅同士だったんだけど、こっちで仲良くなったっていうか。」

 背の低い子が答えた。シルクロードを旅しているとこういうことはよくある。現に池上君と僕がそうだ。

「私は鑑真号で上海に入って列車でまっすぐこっちに来て、敦煌でヤナちゃんと一緒になってからずっとともに行動してるんす。」

 大柄の女の子はなおも汗を拭きながら言い、ベッドから立ち上がった。立つと池上君より背が高い。しかも横幅もあり、ちょっと圧倒されそうだ。

「私は燕京号で天津に入って、それからこっちに来ました。」

 色黒のショートカットの子は大柄の子の近くで見ると余計に小さく見えた。でこぼこコンビだ。僕らは互いに自己紹介をした。彼女らも僕らと同じく学生だった。背の低い方は柳原さんといい、北海道の大学1年生で、大きい方は千葉県出身の佐伯さんといい、東京の大学に通う1年生だと言った。同じ学生同士僕らはすぐにうち解け、旅の話で大いに盛り上がった。旅の醍醐味というのは、つまりこういうことなのかもしれない。一人で旅をしていても、宿泊先で出会った旅の友と旅の苦楽を語り明かすってことが。

「なんやァ、お宅らも敦煌であのダフ屋にひっかかったんかいな。アハハハハハ!」

 ヒサコさんが去った寂しさを忘れたように、池上君も上機嫌だ。お喋りに夢中になっている。よかった、よかった。

「よーし、じゃあハミ瓜でも買ってきておやつタイムとしようか。」

僕が提案するとみんな大賛成。ちょうど午後5時を回ったところだし、いいタイミングだ。さっそく池上君と市場へ出かけ、大きめのハミ瓜を一つ手に入れた。これを持ち帰ると佐伯さんと柳原さんが二人で切り分けてくれ、僕らはハミ瓜にかぶりついた。

「トルファンのハミ瓜もおいしかったけど、ここのも最高だわ。」

 大きい佐伯さんが頭を揺すりながら言うと、彼女のポニーテールも大きく跳ねた。

「ハミ瓜選ぶのうまいのね。さすが長期旅行者は違うわ!あ、だけどゴメンね、私が切ると不公平切りになっちゃって、アハハハハハ・・・」

 柳原さんがハミ瓜の種を取り除きながら照れ笑いをした。

「そうよ、ヤナちゃんが切ったとこ、左寄りになってるもんね。」

 佐伯さんが悪戯っぽく言う。

「かまへんよ、食べられたらそれでええって。」
「そうそう、僕ら気にしてないから。」

 僕らは柳原さんを気遣った。

「へへへへへ、許してね。真鍋さんならこんなヘマしないんだけどね。あ、真鍋さんっていうのは、私らがトルファンにいたとき一緒だった人ね。トルファンではいつも真鍋さんがハミ瓜を切ってくれて、それがすごく上手なの。果物とかの皮剥いたりするの速いんだ。すっごくお世話になっちゃった。」
「そうそう、真鍋さんって頼れるお姉さんだったもんね。いい人だったのよ、優しくて親切で。それに美人だったしねぇ、真鍋さん。」

柳原さんと佐伯さんはハミ瓜切りが上手な真鍋さんという女性を話題にした。

「へえ、美人やったんかぁ。僕も会ってみたかったなぁ。」

 池上君が呟いた。

「うん、そりゃ魅力的な人でね、男の人だけじゃなくて同性にも好かれるような、非の打ち所がない人よ、真鍋さんは。」

 佐伯さんの言葉を聞くと、今朝方去って行ったヒサコさんがふと頭に浮かんだ。

「だけど真鍋さん、急に行っちゃったね。急いでたみたいで、突然チェックアウトして出てっちゃったの。」

 柳原さんがハミ瓜の皮をゴミ箱に投げ入れながら言った。突然いなくなった?それもヒサコさんみたいだな。待てよ、ひょっとして・・・・・

「うん、朝起きたら真鍋さんいなかったもんね。ありがとうっていう書き置きだけ残して。」

 佐伯さんはそう言うと、3切れ目のハミ瓜にかぶりついた。

「ねえ、その真鍋さんって下の名前、何ていうの?」

 僕は念のため彼女らに聞いた。

「えーっと、何だたっけ?」
「あ、私、メモ帳に真鍋さんの住所書いてもらった!」

 柳原さんがリュックの中からはがき大のメモ帳を取り出してページをめくり、

「あ、あった。」

と、あるページを僕らに見せた。そこには達筆な字で“真鍋寿子”と書かれてあった。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【旅の恋】 その1

 池上君と僕の二人旅はいよいよ大詰めを迎えていた。僕らはクチャからウルムチに来た。この後池上君は飛行機で上海に飛び日本に帰ると言うし、僕はあてのない新彊の旅をもうしばらく続けるし。ウルムチが池上君とお別れする地になるのかと思うと少々しんみりした気分になったが、まさかこの後ドタバタに巻き込まれる事になるだなんて、思いもよらない僕らだった。

 華僑飯店のドミトリー5人部屋にチェックインしてほどなく、日本人の元気な女の子が入ってきた。岐阜県から来たという彼女は三つ編みに麦わら帽子が似合う華奢な人だった。しかし、“インド、ネパール、ベトナム、タイへ一人旅したことがある”という小柄な体には似合わぬ威勢の良さから、人は見かけによらぬものだと改めて感じるのだった。

「ねえねえ、シシカバブでも食べに行かない?」

 彼女は着いたばかりだというのに僕らを誘う。パワフルというか、エネルギッシュというか、日本の女性も強くなったものだ。池上君と僕は誘われるままその女の子、ヒサコさんについて二道僑市場へ行った。露店でそれぞれ1本ずつシシカバブを注文し、お喋りすることになった。

「あ、そうだ、ちょっと待ってて!」

 ヒサコさんは言うが早いか自分のシシカバブの串を僕にあずけ、どこかへ消えた。が、ほどなくビール瓶を3本抱えて戻ってきた。

「ほーら、これがあった方がいいでしょ。」

 どこから調達してきたのか、彼女の素早い行動に僕ら男二人は半ば呆気にとられたが、ありがたくビールを頂戴した。ビールはぬるかったが、それでも薬味のきいたシシカバブのよい伴となり、お喋りも弾んだ。

 ヒサコさんはよく話す人だった。喋っているうちに僕らより4,5歳年上であることがわかったが、学生の僕よりはるかに活発で若々しかった。ボーナスをもらってから勤めていた化粧品会社を辞め、中国に旅行に来たということだった。

「美容部員もちょっとやってたのよ。」

とヒサコさんは言ったが、今の三つ編みに麦わら帽子、日焼けした顔からは想像がつかなかった。正直にそう言うとコラッと叱られた。

 こうして二日間ヒサコさんと僕らはともに行動した。ドミトリーにはちょうど僕ら3人だけだったので、食事をするのも一緒、天地ツアーに行くのも一緒だった。が、何をするにもヒサコさんが先頭に立ってパッパとやった。僕や池上君よりも中国語ができない彼女ではあったが、行動力は僕らより格段に上だった。しかも対応のまずい中国に怒ったり文句を言ったりすることもなく、……つまり食堂のぶっきらぼうな店員に対しても、天地行きツアーの切符を販売するおばさんが私的な電話に夢中で客を顧みない不真面目な態度であっても……始終笑顔で事に当たるのだった。

「会社でもようできる人やったんやろうね。」

 ヒサコさんがトイレに行っている間に、池上君がぼそっとつぶやいた。

「ヒサコさんのこと?」
「シーッ!!」

 池上君は僕の口を素早く塞ぎ、トイレの方を気にした。

「き、聞こえますやん!」
「うん、気も利いてるし、テキパキしているし、きっと優秀な社員だったと思うけど。」

 僕は池上君の手を避けてから答えた。

「彼氏とかいるんかなあ。」
「聞いてみたら?本人に。」
「そんなん恥ずかしいやないですか。」
「あれ?もしかしてヒサコさんに気があるの?」
「わああ、そやから大きい声で言わんとってくださいってば!」

 池上君はまた慌てて僕の口を両手で塞いだ。

「楽しそうね。どうしたの?」

 その時ヒサコさんがトイレから出て来た。

「ええ、池上君がヒサコさんに聞きたいことがあるんで・・・・」
「あ、ああ、はははははは!そ、そ、そうなんです。はははははは。」

 池上君は突然大声で僕の言葉を遮った。

「何?」

 ヒサコさんは池上君をまっすぐ見た。池上君は緊張を隠しきれずにいたが、おそるおそる口を開いた。

「あのう・・・ヒサコさん・・・か・・か・・かれ・・・カレーズに行きはりました?ウルムチ来る前にトルファンに行ったって言うてはったでしょ。僕、トルファンには行ったけど、カレーズは見られなかったから、ちょっと気になって・・・」

 な~んだ、池上君は話をそらしてしまったか。僕は横目でチラリと池上君を睨んだ。すると池上君は微かに首を横に振って、とても言えないよというような表情を僕に返したのだった。

「うん、行ったわ。私がトルファンにいたとき、同じ宿にちょうどシルクロードに詳しい歴史学者の先生がいらしてね、その先生についてカレーズを見て回ったの。トルファン近郊の畑を訪ねて、そこに巡らされているカレーズの脇を歩いたの。」

 ヒサコさんはとても嬉しげにカレーズ訪問の話を始めた。長くなりそうだ。これじゃ池上君が本当に聞きたいことがますます切り出しにくくなるんじゃないか。そうとは知らぬヒサコさんは喋り続ける。

「普通だったら旅行者が行かないような所をその先生に案内してもらったからすごくラッキーだった!カレーズではウイグル族の子ども達が遊びに来ていてね、小さい男の子なんか裸でちゃぷちゃぷ水遊びなんかしてるの。でも、カレーズの水って触ってみると結構冷たいのよ。山から流れてくる雪解け水らしいのね。」

 池上君はヒサコさんの話を上の空で聞いていた。僕は笑いを堪えるのに必死だった。

「一般のおうちにも連れて行ってもらったのね。葡萄農家やってるお宅でね、先生は通訳の人を連れて行ったからいろいろ詳しい話が聞けちゃって、なーんか、ど素人の私まで一緒で恐縮だったけど、楽しかったし貴重な経験だったなあ、あれは。あ、そうそう、ウイグル族のお宅に上がるときはね、靴を脱ぐのよ。日本と同じでびっくりしちゃった!客間は立派な絨毯敷きでね、大きな低いテーブルがあって・・・・」

 ヒサコさんの話は延々続いた。よっぽどトルファンでの体験が嬉しかったのだろう、興奮気味に喋りが冴える。更に段々ヒートアップしてきて、彼女の話は止まりそうになかった。池上君は「はぁ」とか「へぇ」とか、曖昧な相づちを打ってはいたが、真剣には聞いていないようだった。自業自得だよ、辛抱しな。僕は苦笑いをしつつ、彼女の話を聞いている振りをした。


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