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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【イギリス人】 その4

 翌朝キャロルはホータンに向けて旅立った。池上君は彼女と住所の交換をし、日本に帰ったら手紙を送ると言った。僕は池上君に頼まれて、カメラでキャロルと池上君のツーショットを3枚撮った。朝早かったが、池上君がバスステーションまで彼女を見送りに行くと言うので僕もついて行った。

 キャロルは大きなリュックを背負ったままメチャ混みのバスに乗り込んだ。運転手が「こんな大きな荷物持ち込むな!バスの上に積め!」と怒ったが、中国語のわからないキャロルは爽やかな笑顔で

「ハ~イ、ニイハオ!」

と、元気よく挨拶した。運転手は気が抜けたのか、リュックは運転席の真横に置くよう、ジェスチャーで指示した。無事に自分の席に着いたキャロルに向かって池上君は熱く叫んだ。

「キャロル!気をつけてね!水筒はちゃんと手元に持ってるかい?スリがいるかもしれないから注意してよ!」

 キャロルは、オーケー、ノープロブレム!と、こちらに笑顔を向け、手を振った。

「そんなにキャロルのことが心配だったら、ついて行けば?」

 僕が茶化すと、池上君はマジな顔つきになって言った。

「一緒について行かへんのがジェントルマンやないですか。恋人ってわけやないしね。日英友好のためですよ。」

 なるほど、それが池上君流か。

「それにしても戸田さんとは腐れ縁かもしれへんですね。なんか妙な所でいつも一緒になる。ご縁ついでに、よかったらこのあと一緒にアクスに行きませんか?」

 突然のお誘いに驚いたが、特にあてもない僕としては従わない理由などなかった。キャロルの乗ったバスが発車した後、すぐ二人して窓口で明日のアクス行きバスチケットを買った。


 アクスへは丸二日かかった。バスに乗って移動するたび、新彊の広さを実感する。荒れた大地が続く景色は退屈を通り越しイライラさせた。砂漠に文句を言っても仕方ないのだが、もういい加減冗談はやめてくれと言いたくなる。これ以上こんな景色が続いたら拷問だなと思った時、オアシスが見えてきた。

 夕闇が迫る頃、アクスに着いた。バス内は混みあっていたが、アクスに着くまでにずいぶん人が降りた。僕らとともにこの町で乗客が8人くらい下車した。人が乗り降りしている姿を見るにつけ、旅人にとっては車窓の風景が拷問であっても、索漠とした荒れ地を往来するバスは命綱だと思う。満目蕭条たる道を翔る、唯一の交通手段なんだと実感する。リュックを背負い運転手に黙礼して、すぐさま招待所に向かった。

 チェックインした部屋は4人部屋だった。四角い部屋の四隅にシングルベッドがあり、ドアの真向かいの壁に粗末な木の机をピッタリくっつけてあるだけの安宿の部屋だ。一人5元なんだからこんなものだ。机の下にお馴染みの赤い魔法瓶が2本あるのに気づいた。

「あれ、他に誰かいるようですね。」

 池上君が左奥のベッドに目をやった。そのベッドの脇には青いバックパックが立て掛けてあり、枕元にロンリープラネットのガイドブックがあったのだ。ということは欧米人か。空いているベッドにリュックを立て掛け、僕らは晩飯に出掛けた。小さな食堂で拌麺を食い、部屋に戻ってきた。ドアを開けると、青いバックパックの主がいた。

「ハイ!」

 背の高い欧米の男性が友好的に挨拶した。顔を見ると、若くていい男だ。青い瞳、形の整った細くて高い鼻、そしてサラサラの金髪。なかなかのハンサムである。映画のスクリーンから飛び出してきた俳優のような風貌だ。

「あれっ、トーマスやないか!」

 僕の後ろから部屋に入ってきた池上君がすっとんきょうな声を上げた。

「オオ、ケン?・・・ケン!」

 トーマスと呼ばれたハンサムガイは池上君の名を呼んだ。二人は知り合いだったのか。
 
「またトーマスと会うとはね。しかもこんな所で。トーマスとは敦煌の宿で一緒やったんですわ。あれっトーマス、君、チベットへ行ったんちゃうの?チベットからネパールに抜けたんかと思ったんやけど、中国に戻ってきたん?」

 トーマスはホーローのマグカップに紅茶のティーバックを浸しながら、池上君の質問に答えた。

「ハハハハハハハ、行ったよ、チベットへは。だけどね、ラサでラウンドクルーザーをチャーターしてネパール抜けしたかったんだけど、その費用が高すぎて諦めたよ。ネパールはまたの機会にして、今回は中国をたっぷり楽しむことにしたんだ。新彊はおもしろいってみんなが言うしね。」

 トーマスは紅茶のティーバックを引き上げ、ゴミ箱にポイッと捨てた。ふうふう冷ましながら熱い紅茶を啜り、

「うーん、やっぱり出涸らしはまずいな。」

と、渋そうに顔を歪めた。

「うまい紅茶は自分の国に帰ってからなんぼでも飲めるやん。」

 池上君が笑った。もしかしてトーマスはイギリス人?

「そうなんだ。リバプール出身さ。ああ、おいしいミルクティーが飲みたい。ママが淹れてくれたマイルドなのをね。でも、それはあと3ヶ月くらい先になるなあ。」

 トーマスのきりっとした美しい目元がたちまち緩んで下がり、ママのミルクティーを恋しがる少年の眼差しとなって空を彷徨った。

「戸田君、こいつこう見えて結構根性あるんですよ。体力バリバリやしね、貧乏旅行丸出しって感じで頑張ってんですよ。こんな優男なのにね。」

 池上君は笑いながら説明するが、どうもそんなふうには思えなかった。麗しく、キリッとした目元のハンサム青年がねぇ。

「チベットに行ったんですか?よかったら話、聞かせてくれませんか?」

 僕はトーマスに頼んでみた。

「うん、いいよ。どこから話そうか。やっぱりゴルムドからになるかなあ。」

 トーマスはベッドの上で膝を抱え、渋みのきいた紅茶を一口啜った。時は夜の12時を回っていた。しかし、新彊ではちょうど薄暗くなってきた頃で、四方山話を聞くにはもってこいの時間帯だ。天井の扇風機を最強の首振りにしてもそんなに効果はなく、暖かい空気がかき回されているだけだった。そんな汗ばむような部屋の中で、僕らはトーマスの物語を聞いた。


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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学