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稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【シンガポーリアン】 その6

「はい、お待たせしましたー。」

 肉料理と野菜炒めが運ばれてきた。僕らは箸を取り、食事を始めた。しばらくは和やかなムードでランチタイムが進んだ。英語と中国語を取り混ぜながら、日本人とシンガポール人はたわいのない話をした。この野菜炒めおいしいねとか、この肉はちょっと硬いねとか、ホータンも例外なく暑いねとか、ホータンのシシカバブが小麦粉を溶いた水にくぐらせてから焼くのはどうしてなんだろうね、とか。僕も努めて差し障りのない、安全な話題を引っ張り出してきては口にした。細貝君と加藤君もさっきみたいな不機嫌さを顔には出さずに談笑し、明るく振る舞っていた。

 が、しかし、老板(ラオバン)が玉子スープとチャーハンを運んできてくれたあたりから、再び彼らのボヤキが始まった。ピーター達シンガポール組が何やら英語でペラペラペラッと喋ったタイミングを見計らい、細貝君が早口で切り出した。

「このゲタ野郎達もこんな平和な顔しといて結構やってくれるんですわ。実は僕ら、4日ほど前にホータンに着いてウイグルの友達のところに1泊してから和田賓館に泊まってたんです。そうしたらその翌日やったかなあ、ゲタ野郎達と和田賓館のロビーでばったり鉢合わせです。こいつらはちょうどチェックインしたばかりで、僕らの斜め向かいのツインに入りよってね。もうびっくりですよ。さっきも言ったように、カシュガルで別れた時は二度と会うこともないやろうと思ったんですがね。」

 一口、野菜炒めを口に放り込んでから細貝君はまた大急ぎで喋る。

「夜、誰かがノックするからドアあけてみたら、こいつらですよ。ゲタの部屋のシャワーが故障しているとかで、使わせてほしいって言うんですわ。僕らもそろそろ風呂かなーって思ってた矢先だったんですけどね、すぐに済むやろう思うて貸してやったんですわ。そしたら長い長い!30分くらい使ってたんちゃうかな。そんなにどこ洗うねんってくらい時間かかってましたよ。やっと出てきたと思ったら、もう一人のゲタがすかさずシャワー使いよるでしょ。それでまた30分待たされたんですわ。結局計1時間僕らのバスタイムは引き延ばされたんですよ。」

 細貝君はここで話を切り、豚肉炒めを乱暴に箸で挟み、ポンポンと口に入れた。今度は加藤君がその後を受けて、これまた早口でまくし立てた。

「翌日もシャワー借りに来られたらたまらんから宿を移ったんですよ。そうしたらコイツらもきっちり和田招待所に宿替えしに来たんです。シャワーの件で賓館の服務員ともめたとかでね。ホンマ、参りますわ。」

 逃げても逃げても追ってくるピーターとヘンリーの何喰わぬ顔でシャワーを浴びている想像したら、思わず笑いそうになった。が、細貝君と加藤君がさも迷惑そうだという表情で視線を向こう側に投げかけるのを見ると、余計におかしくなってついに押し殺していた笑いがどっと出て来た。笑うまいとこらえていた喉元でそれがぶつかり、僕は思いきり咽せて激しく咳をした。

「大丈夫?」

 ピーターが振り返って僕の背中をぽんぽん叩いてくれた。

「おほっ、おほっ・・・ソ、ソーリー、おほん、おほっ・・・」

 何度も咳き込み苦しんだが、ピーターがずっと背中を叩いてくれたおかげか、ようやく苦しさが峠を越えた。

「ヒトシ、急いで食べなくても料理は逃げていかないわよ!」

 トレイシーがキャラキャラ笑った。

「出た出た、薄情な発言。」

 細貝君の小声が発した。

「ごめんなさい。もう大丈夫です。すみません、心配かけて!」

 元気に大きい声で僕は言った。細貝君のコソコソ声をピーター達に悟られたくなかったからだ。ここで気まずい空気が流れるのは耐えられない。

「ホータンの次はどこに行くの?」

 だから明るい声でピーターに聞いてみた。

「ウルムチに戻ろうと思うんだ。」

 ピーターが答える。

「飛行機で?」

 加藤君がさらりと聞いたら、今度はヘンリーが答えた。

「いやいや、僕ら貧乏学生だからバスでのんびり行こうと思って。」

 この答を加藤君はしっかりと聞いている様子だった。

「ヒトシはどうするの?」

 ヘンリーに聞かれた。

「僕はもうしばらくホータンをぶらぶらするつもり。まだ砂漠しか見ていないからね。絨毯工場なんかにも行ってみたいし。あ、お二人はどうするんですか?」

 細貝君と加藤君にも聞いてみる。すると瞬間細貝君が目配せをして

「そうだなあ・・・カシュガルに戻るつもりです。カシュガルに知り合いのウイグル族の子がいるから。なっ、加藤。」

と言ったが、なんだか意味ありげだ。同意を求められた加藤君も

「あ、う、うんうん、そうそうそう。」

と、慌てて返事をした。変だな。

「トレーシーもピーター達と一緒にウルムチに行くのかい?」

 僕はTシャツの袖で額の汗を拭っているトレイシーに聞いた。

「明日のことは明日決めるわ。ヒトシと一緒にホータンでもうしばらく遊ぶっていうのも悪くないし。ね、そうでしょ!」

 彼女は僕に微笑みかける。

「気ィつけてくださいよ。」
「悔い殺されんようにね。」

 細貝君と加藤君はそれぞれ僕にだけ聞こえるような囁きを素早く発した。

「そんなことより食事も済んだから、これしない?」

 トレイシーは無邪気に微笑んで、自分のかばんの中からトランプを取り出した。ピーターとヘンリーがまず乗り気になった。僕も参加しようかどうしようか迷っていると、細貝君がキッとして言った。

「よーし、やったろやん。今度はこのアホどもには負けませんからね。絶対勝ったるで!」


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【シンガポーリアン】 その5

 僕らが入ったのは漢族が経営するレストランで、愛想のいい主人が一人でてきぱきと仕事をこなしていた。そんなに広くもない店に僕ら6人が入ると満員御礼となり、主人は嬉しげに迎えてくれた。注文はピーターとヘンリーが中心になって、メニューを見ながら適当に見繕っては主人に伝えた。その間、僕ら日本人の男3人はただ黙って腰掛けているだけだった。二人の日本人はさっき、シンガポールの連中とは行動は共にしたくないと言っていたのに、どうしてここに来ているのだろう。メニューの角を見ながらぼくはぼんやりと考えた。

「ゲタみたいな顔してるでしょ、こいつら。」

 突然、色黒のほうの日本人が言った。あまりの突飛さに僕は笑うよりも驚いてしまった。

「ゲタって・・・あの履き物の下駄ですよね。」
「そうです。まさしく下駄です。」

 もう一人の男が言った。そうかなあ。トレイシーは女の子だし、結構チャーミングなんだけど。

「男のほうですよ、ゲタは。女のほうはゲタどころじゃない。便所のサンダルや!」
「そうそう、しかも裏のほう。」

 なんと辛辣な言い方なのか。何故彼らはこんなにもピーター達の悪口を言うんだろう。とにかくまずは自己紹介してもらいたくて、自分のほうから切り出した。

「僕、学生で1年大学を休学してアジアを回ってます。戸田っていいますが・・・」
「あ、僕は細貝です。僕も学生でお宅と同じように一年休学してこっちに留学中です。」
「僕は加藤っていいます。細貝君と同じでこっちに留学中です。って言っても日本の大学は別だけど、留学先は同じで、知ってるかな、北京の中央民族学院っていうとこに在学中です。」

 へえ。この二人組も留学生か。男二人のコンビといったら、カシュガルで出会った北京師範大の桜井君と横山君を思い出さずにはいられない。なんだかイヤな予感がする。もめ事が起こらねばよいのだが。

「北京の中央民族学院・・・ですか・・・」
「ええ、中国中の少数民族のエリートが集まる大学ですよ。そこで仲良くなったウイグルの友達のうちに遊びに来がてら、新彊を旅行してるんですけどね。」

 なるほど、そういうわけか。

「シンガポールの彼らとはお知り合いなんですか?」
「いえ、全く。途中で一緒になっただけです。この男どもとはなんでかわからへんけどウルムチ、カシュガル、タシュクルガン、そしてここホータンって、同じように来てしまってね。」

 細貝君は苦々しい顔をして声のトーンを落とした。確かに新彊シルクロードは道が一本で観光地もつながっているから、同時期にここへ来た人とはまた出会うなんてことはよくあることだ。

「僕らとゲタ野郎とは別個で来てるんですけどね、なんかしらんけど日は前後して同じ場所にいるんですよ。」

 目の大きい加藤君が目玉をクルクルさせながら、最後に溜息をついた。

「ほんまに悪夢ですわ。カシュガルでこいつらとおさらばできたと思ったのに、こっち来たら再々会でしょ。まいるわ。」

 細貝君は横目でピーター達を見た。ピーターもヘンリーも自分達がゲタ野郎などと言われているとも知らず、英語で自分達のお喋りに没頭している。いくら僕らが日本語で話していて彼らには通じないからといって、喋り方や雰囲気で悪口を言っているのを悟られやしないかな。僕は内心ひやひやしていた。笑いながら雑談しているピーターとヘンリーを見ると、なるほどどちらも少しばかりエラが張っていて角張った顔をしている。二人とも銀縁の小さい眼鏡をかけていて、目が小さくどことなく雰囲気が似ている。兄弟だと言われても、そうかと疑わないくらいだ。更に二人とも背はそんなに高くなく、ずんぐりした体型だ。それだからか愛嬌があってあんまりむさ苦しい感じはしない。

「この脳天気女とも3度目ですわ。ババひいた気分やなぁ。」

 今度は加藤君がトレイシーのことを言った。

「この女“たらし”ですよ。戸田君も気ぃつけたほうがいいっすよ。」

 加藤君は付け足した。は?“たらし”だって?

「男を取っ替え引っ替え旅してるんですわ。最初トルファンでで見た時腕組んで歩いてた男とタシュクルガンで腕組んで歩いてた男と違う奴やったし。まさかこの女とデキてませんよね!注意せんと喰われますよ!」

 細貝君がその切れ長の目を更に鋭く光らせながら僕に向かって注意を促した。

「単なる“たらし”だけやったら害はないんですよ、外野としてはね。そやけどアイツは“喋り”なんです。よう喋るんですわ、ベチャクチャベチャクチャと。やかましいって思うほどですよ。」

 加藤君が付け加えた。確かに。トレイシーは砂漠ツアーで口が滑らかだったが、あれは砂漠を見るのが嬉しくて気分がハイになっていたんじゃなくて、根っからのお喋りだったんだな。

「しかも行儀悪いときている。タシュクルガンで丸二日彼らと一緒に行動しましたけどね、ヤツらの行儀の悪さを目の当たりにしてホンマびっくりしましたよ!この3人と、あと4人別のシンガポール人がいましてね、あ、その4人は男2人女2人のグループでね、それと僕ら2人、成り行き上一緒にカラクリ湖へ1泊ツアーに行ったんですよ。だからチャーターしたバス、レストラン、宿とずっと一緒でしょ。ヤツらの生態がばっちりわかっちゃうわけですよ。シンガポールの女なんてね、メシ食った後平気ででっかいゲップはするし、がに股で足広げて座るし。いくらジーパンはいてるからって、ねぇ!デリカシーのかけらもないですわ。特にここにまだいるこの女なんか最悪や。屁こきよったんっすわ。それやのに恥だとか思ってないんですよ。平気なんですよ。神経疑うわ!」

 加藤君は憤慨しながらまくし立てたが、僕はおかしくてたまらない。“屁をこきよった”なんて、天真爛漫なトレイシーらしいや。さっき砂丘滑りをしていた時の、彼女の大口を開けた顔がふと目の前に甦った。

「この女ときたらねえ、人数が集まったらトランプしようって持ちかけてくるんですよ。誘われるから、まあやってみるでしょ。しかたないやないですか。だけどシンガポール式のルールで、こっちの知らないゲームやらされるわけやから、当然僕らが負けるじゃないですか。慣れてないもんねえ。そうしたら『負けた人が果物おごってね!』とかぬかしよって!スイカ買いに行かせるんですわ。断るのも大人げないし、こっちではスイカくらい安いもんやし、そやから買ってきましたけどね。でも、コイツら女のくせに切る手伝いとかしないんですよ。デーンと座ってペラペラ喋ってばっかり。完全なお姫様状態ですわ。結局僕が全部スイカ切って、みんなに配って。スイカ切る時机の上がびちょびちょになってしまうやないですか、スイカの汁が滴るからね。でも誰も拭こうとか思わんみたいやね。しょうがないからこっちはハンカチ犠牲にして拭いたんですけどね。行儀は悪い、気は利かん、最悪ですよ、シンガポールの女は!」

 細貝君は憎らしげに円卓の向こう側に座っているトレイシーをちらちら見ながら言った。よほどスイカやらハンカチやらの恨みがあるようだ。まぁ、気持ちとしてはわかる。同情する。が、ケロッとして笑っているトレイシーの顔と、悔しそうに地団駄踏んでいる細貝、加藤コンビの様子がふと頭に浮かび、そのあまりに対照的な表情がおかしくて、危うく吹き出しそうになった。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【シンガポーリアン】 その4

 ホテルのドミトリーに戻ってきたのは午後3時を過ぎていた。部屋にはイエンスの姿はなかった。イエンスのリュックもなくなっている。別の部屋に移ったんだろうか。僕は隣の部屋をノックしてみた。

「請進(チンジン)!」

 中国語で‘どうぞ’と返事があった。ドアを開けると、その部屋も4つベッドがあって、僕の泊まっているドミトリーと同じ造りだった。ここには男性が二人いた。

「我找丹麦的男性(デンマークの男性を捜しているんですが)・・・」
「ああ、あの人。チェックアウトしはりましたよ。」

 中国語で聞いたのだが、日本語で返事が返ってきた。

「お宅、日本人でしょ。」

 相手は僕の国籍を見抜いていた。そういう彼らも関西弁の日本語を喋るんだから日本人だ。
「あ、ええ、そうですけど。」
「背の高い欧米の彼、友達ですか?もう午前中に出て行きましたよ。」

 二人の男は代わる代わる教えてくれた。

「なんかねー、ここ、シャワーの出が悪いでしょ。欧米の彼ね、朝シャワー浴びたらしいんやけど、不満だったみたいで。だからおとといまで僕らが泊まっていた和田賓館、紹介したんですよ。賓館だったらホットシャワーがじゃかじゃか出ますからね。」

 そうか、イエンスはさっさと宿替えしてしまったのか。

「あ、そうですか。それならいいです。ちょっと彼、体調が悪そうだったから気になって。どうも失礼しました。」

 僕はドアを閉めて行こうとした。が、彼らは

「お宅、もしかして隣のドミですか?」

と聞いた。頷くと、彼らも頷いて意味ありげに顔を見合わせている。何かありそうだな。

「いえね、お宅と同室のヤツら、シンガポール人でしょ。」
「そうですよ。さっき彼らと一緒に砂漠ツアーに行ってきたんです。なかなか楽しかったですよ。暑かったけど。」
「あー、砂漠にねぇ。」

 二人はまた顔を見合わせて苦笑いをした。

「もう行かれました?」

 様子が変なので僕は聞いてみた。

「実はね、僕らも誘われたんですよ、そのシンガポールの連中に。だけど断ったんです。」
「そうですか。結構面白かったですよ、スリルがあって。」

 僕は素直に感想を述べた。

「あの連中と一緒じゃなかったら俺らも砂漠に行ってましたよ。」
「そうそう、あいつらとは行動を共にしたくないんで。」

 思いもよらぬ二人の発言に僕はびっくりした。何故そこまでピーターとヘンリーを嫌うのか。すごく気さくでフレンドリーなナイスガイ達なのにな。この日本人二人はえらく失礼だな。何か彼らとトラブルでもあったのだろうか。

 その時、僕の背中を誰かが叩いた。ピーターだった。

「ね、お昼食べに行かない?」

 ピーターは笑顔を見せた。確かに腹は減っている。すぐにでも飯を食いに行きたい。ピーターは部屋の中にいる二人の日本人にも気づき、

「ねえ、君達も一緒にどう?」

と誘った。二人はまたも顔を見合わせ、一呼吸置いてから言った。

「じゃあ・・・行くとしますか。」


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