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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【日本人留学生】 その6

「ここ、楽しいドミトリーですね。」
 
 彼女は笑い声を詰まらせ、やっとのことで言った。が、急にしんみりした表情に変わった。

「だからおもしろいのよね、中国って。面白い人が集まってきて騒ぐの、最高ですよね。あー、こんな生活もあと少しで終わっちゃうのかと思ったら残念で。そちらのお二人はうんざりだそうだけど、私はもっと留学やりたい気持ちなんです。ただ、もうお金もないし、8月には帰らないと。」
「そりゃ僕らだって留学仲間と喋るのは面白いって思いますよ。ゆくゆくは日本に戻って貿易会社に就職できたらと思っていますから、まずは中国語習得に必死です。老師もいい人だし、授業も充実しているし、学校生活にはまあ満足しています。問題は一般中国人なんですよ。中国人民の言動や行動には閉口してしまうんです。」

 桜井君は立っている名高さんをまっすぐ見上げて言った。

「中国人学生もそうです。お宅も留学生だからわかると思うけど、学校に本科生の中国人学生いるでしょ。彼らとね、会話練習になるからって喋ってたら不毛な気持ちになりますよ。あいつら規制された情報しか知らないし、外国に行ったことがあるわけじゃなし、変に純粋培養でしょ。広い世界を知らないから思考が似たり寄ったりなんですよね。それに最もたちが悪いのは、日本人はみんな金持ちだと思ってることですよ。二言目には『お前ら金持ち日本人だもんな』とくる。確かに日本は中国より経済力が上だけど、みんながみんなそうじゃない。なのに日本人は猫も杓子も金持ちって思っている。幼稚ですよ、実に幼稚。それと、おらが国が一番って思う気持ちはわかるけど、まいるのは無敵の中華思想を振り回すことですね。井の中の蛙というか、中華思想をやたらと語る傍若無人さにはげんなりですよ。」

 横山君が長々と付け加えた。水筒を持ったまま静かに北京師範大留学生の話を聞いていた名高さんだったが、そっとテーブルの上に水筒を置くと言った。

「そんな了見でいいの?」

 怒りと悲しみがこもった声だった。

「仮にも中国語を習ってるんでしょ。それで将来中国語を活かして就職するつもりなんでしょ。仕事って、つまるところ人と人との信頼関係よね。言葉だけで済むもんじゃないわ。その為にはもっと前向きに中国人の考え方とか習慣とか学んでおくべきなんじゃないの?うんざりだとか、げんなりだとか、閉口するだとか嘆いてるだけじゃなくて、中国人を理解することをちょっとは考えたらどう?その方が仕事にも役立つんじゃないの?文句タラタラ言ってるよりもさ、どうやったら中国の人と協力してやっていけるのか、もっと建設的に考えるべきなんじゃないの?」

 名高さんは一気に喋った。彼女は少し殺気立っていた。彼女の頭からゆらゆらと陽炎のようなものが立ち上っているように感じられた。

「それはわかっています。中国人を研究することも仕事には有利でしょう。ただ、ビジネスで付き合う中国人と一般大衆は多少違うと思います。仕事相手としての中国人は協調性もあるでしょうし、共に任務を成し遂げようという気持ちも持ち合わせているでしょう。外国人とのつきあい方もある程度知った人達のはずです。だけど人民はそんなこと考えちゃいませんからね。道徳心はない、公共衛生の観念はない、礼儀やマナーがまるでなってない。それは名高さんも見て知っているでしょう。こういう連中の近くに身を置かなきゃならない今の境遇を愚痴っているだけですよ。」

 桜井君は努めて冷静に言い返した。しかし名高さんは右の眉毛をピクンと上に動かし、2,3歩前に進み出て両手を腰に当てると、鋭く言い放った。

「愚痴ってるですって?日本では体験できないようなことを日々ここで得てるんじゃない。んなに留学生活がイヤならさっさと日本に帰ったらいいんだわ!」

 突如としてドミトリーに険悪なムードが漂う。横山君が何か言い返そうとするのを遮って浩二さんがおどけた。

「マジになって怒ってる顔もカワイイねぇ、由美ちゃん。桜井君達、レディーの機嫌を損ねちゃいかんな。罰としてハミ瓜買っといで。牢名主の命令だよ!」

 ウィンクなんかしておどけてみせる浩二さんはさすが僕らの中で一番年長者らしい気配りを見せる。名高さんは浩二さんの顔を見てハッと我に返ったらしく、

「ごめんなさい。私、空気壊しちゃったみたい。」

と、素早く自分のバックパックのところに戻り、中から布製のハンディバックを取り出すと、手にしていた水筒を入れて小走りにドミトリーを出て行った。

「留学生も人それぞれなんですね。」

 島本君がぽつりと言った。

「なんか・・・僕らもすみません。ついムキになっちゃって。」
「ハミ瓜買ってきますんで・・・」

 桜井君と横山君はしおらしい声を出した。
「あははははは!ハミ瓜のことは冗談。ま、俺らはいい。けど、彼女はとんがったまま出てっちゃってちょっと心配だな。戸田君、様子見に行ってあげなよ。」

 浩二さんが僕の方を向いた。

「え!?僕・・・がですか?なんで・・・僕が・・・それに・・・」
「つべこべ言ってないで、ほら行く!」

 浩二さんに背中を押され部屋を出てしまったが、果たして僕に名高さんのアフターケアができるのか。だいたいなんで浩二さんは僕にその役を任命したのか。そんなことを考えながら、足早に彼女を追ってロビーに下りた。が、名高さんの姿はもうなかった。結構足が速いんだな、彼女。

 ホテル前の噴水広場に出てキョロキョロしてみたが、やはり名高さんは見当たらなかった。しかたない。お役目が果たせなくて申し訳ないが、外は暑いし部屋に引き返そう。そう思った時だった。名高さんが大急ぎでこちらへ戻ってくるのが見えた。彼女はまっしぐらにホテルの玄関を目指してくる。僕には気づかないらしく、噴水の脇を通り過ぎようとしている。

「どうしたの?」

 僕は彼女の腕をつかんだ。名高さんは急に腕を引っ張られたもんだから勢い余って後ろにのけぞり、そのまま倒れそうになった。キャッと声を上げ、反対の手に持っていたかばんがふわりと宙に浮いた。僕はとっさに彼女を支え、かばんもキャッチした。

「ごめん、急に呼び止めて。」

 僕は謝った。

「あー、ホントにびっくりした。」

 名高さんはこっちに向き直って

「どうしたのって、そちらこそどうしたの?」

と、あからさまに不機嫌な顔をして見せた。

「うん、いや、その・・・・・ちょっと気になって。プイッと出て行ったから。」
「プイッとなんてしてないわよ。」
「それならいいんだけど。」
「小銭、部屋に置き忘れたから取りに戻ってきたのよ。だからいい加減かばん返してくれる?」

 彼女は憮然として手を差し出した。僕はキャッチした彼女のかばんをまだ脇に挟んだままでいたのだ。

「何か買い物でもするんですか。」

 僕は布製のかばんの歪みを整えてから彼女に手渡した。

「おなかすいたからお昼食べようと思って。新彊タイムだもん、まだ開いてるわよね、どこか。」

 北京時間で3時半になるところだった。名高さんはホテルへ入っていこうと体の向きを変えたが、僕はまた彼女の腕を引っ張った。キャッと再び声を上げた名高さんがこっちを振り返った時、相当怪訝な顔をしていた。 

「僕、いいところ知ってるからご案内します。」


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【日本人留学生】 その5

「ごめんなさい、空いてるベッドはどこでしょう?」
 
 突然女の子の声がした。部屋の入り口にリュックを背負い、麦わら帽子をかぶった若い日本人女性が立っていた。新客だ。僕は救われたと思った。それで一番端っこのベッドを指さし、救いの女神を導いた。

「あれ、空いてますよ。」
「どうもでぇす。」

 彼女は快活に微笑むとベッドの脇にリュックを置き、中から水筒を取りだした。

「お湯もらいたいんですけどありますかね?お茶、作っておきたいんで。」
「ありますよ。さっきもらってきたばっかりだから。」

 留学生の桜井君が自分達の話をやめて、女の子に返事をした。

「じゃ、失礼して・・・っと。」

 彼女はむさ苦しい日本男児達の輪の中に臆することもなく入ってきた。三つ編みのお下げ髪が背中の真ん中くらいまで垂れている。ややつり上がった大きな二重まぶたが印象的だ。面長な顔は笑うと右の頬にえくぼができる。華奢でなかなか可愛らしい子だ。彼女はお湯を水筒にジャジャーッと注いで言った。

「皆さん、もう旅は長いんですか?」

 2ヶ月ですよ、もうすぐここの学校に入りますからこれから長くなりますね、と島本君。日本を出てかれこれ1年かな、新彊にはもう半年くらい、と浩二さん。僕ら留学生だから1年半暮らしましたけど、ここには夏休みの旅行で来て、と師範大生の桜井君。次に僕が答えようとするより早く彼女が口を開いた。

「ああ、留学生なんだー。一緒ですね。どこの学校ですか?」

 北京師範だと横山君が短く答えると、

「へえぇ、首都かあー。それもいいなあ!」

 彼女は独り言のようにつぶやいてから続けた。

「私、鄭州大学の留学生、名高由美です。中国語ではミンガオヨウメイ。私も夏休みを少し前倒しして旅に出て来ちゃいました。もう卒業で、8月には帰国するから、勝手に卒業旅行ね。」

 名高さんの明るく爽やかな自己紹介が、僕の中で積もっていたどんより思い空気を吹き飛ばしてくれた。

「帰ったらどうするんですか?」

 桜井君が彼女に真剣な目で聞いた。

「どうするって・・・働くしかないでしょうねぇ。もう24だしね、ぼうっとうちにいても叱られるだけだし。お二人だってそうじゃないの?留学が終わったら帰国して中国語活かせる仕事に就こうと思ってるんじゃないの?あ、それともこっちに残って現地採用とか~?」

 名高さんは悪戯っぽく笑いながら水筒の中に茶葉をバラバラッと入れた。

「冗談じゃないっすよ。中国の会社になんか誰が!」

 横山君が声を荒げた。名高さんはその声に驚き、茶葉を少し地面にこぼした。

「留学生活、楽しくないの?」

 彼女はやや眉間に皺を寄せて訊ねた。

「僕ら、もううんざりしてますね。正直なところまいってるっていうか・・・」

 今度は桜井君が声のトーンを落として答えた。すると名高さんは口を大きく開け、アッハハハハハハハとお腹の底から笑い声を出した。彼女の笑い声は広いドミトリーの部屋に響き渡った。

「ごめんなさい。苦労してるんだ~、やっぱり。そりゃそうよね、こういう国だから腹が立つことってあるわよねぇ。」

 彼女はそう言うと、またおかしそうに声を立てて笑った。

「本当に面白そうに笑うね。」

 浩二さんがバンダナを振り回しながら感心した。

「由美ちゃん、結構肝っ玉太いんじゃない?」

 浩二さんは嬉しげだった。

「浩二さん、いきなり“ちゃん”づけって、ちょっと親父ですよ。」

 横から島本君が忠告する。
「からかわないでくださいよぉ。実際疲れませんか、留学生活。シャクに障ることだらけじゃないっすか。」

 浩二さんと島本君の会話など聞こえなかったのか、横山君が嘆息混じりにマジになって名高さんに聞いた。

「そうねぇ、確かに頭にくることもあるけど楽しいですよ。ふたりは・・・同い年くらいに見えるけど、何歳です?」

 名高さんは遠慮がちに北京師範の留学生に年齢を聞いた。

「20歳です。僕ら東京の同じ大学で、中文学科なんです。休学してこっちに来て、また東京に戻ったら復学です。」

 桜井君は説明した。

「そうか・・・学生さんかぁ。日本へ戻っても勉強できるなんていいなあー。」

 名高さんは首を傾けて羨ましがった。

「そうか・・・24かぁ。若いっていいなあー。」

 彼女の真似をし、浩二さんも首をかしげてこう言った。

「もうやだぁ~、やめてくださいよ!」

 名高さんは浩二さんをキッと見た。

「だって由美ちゃん若いじゃない。24だろ。ねえ、ね、俺らの中でタイプいる?」

 浩二さんが妙な流し目で返す。

「こらこら、助平親父丸出しですよ。」

 再び横から島本君が諫める。

「なんだよー、久々のジャパンギャルがこのドミに来たんだぜ。嬉しいじゃないか。お前だってそう思ってるだろ!」
「思ってますよ。だけど浩二さんみたいにセクハラ気味に話しませんよ。」
「セクハラ?」
「そうですよ。女の人に年齢確認したり、異性のタイプを聞いたりするのは立派なセクハラです!」
「それは日本での話だろ。ここは中国、もとい新彊だぞ。日本の常識は世界の非常識。」
「ああ、もう、戸田さん!この親父に危険物取り扱い注意シール貼ってやってください!」 

 島本君は急に僕の方へ話を振った。

「貼るっきゃないっすね。」

 僕もふざける。

「戸田君までなんだよぉ~。隣のよしみで仲良くしてやってんのにさ!よーし、戸田君と由美ちゃん、ベッドチェンジだ!」

 浩二さんが声を張り上げる。僕は浩二さんのベッドの隣なのだ。

「それはパキジャンが隣にいるより危険ですよ、名高さん。」

 島本君が手でバツ印を出して名高さんの方に見せた。

「お!言ってくれるな!俺はジェントルマンだし、女と見たら誰彼なく行くパキとは違うんだからな!ファンだって多いんだぜ。そこらを歩いたらウイグルの女が放っとかないんだ。女に囲まれて追い払うのに一苦労するんだから。」
「ウイグルの女っていっても子どもの乞食でしょ。」
「なんでわかるの?」

 浩二さんと島本君のかけ合い漫才のような会話を聞きながら、またも名高さんは笑い転げた。

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