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稚拙な表現ではありますが、旅行記などを発表していきたいと思います。
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青春の思い出?若気の至り?
中国大陸をほっつき歩いた旅記録です。
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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴会(シンチャンバンケット)

 その4 【日本人留学生】

「なんだ、あの態度は!あったまくるなー!やっぱり自分が忘れてたんだよ、あの女!それなのに叱りつけやがって!僕らに謝りもしないでよぉ!!」

 横山君が大声を出した。

「だからどうせそんなことだろうって言ったろ。放っとけ放っとけ。馬鹿を相手にしたら腹立つだけだよ。」

 桜井君が友達をなだめた。

「いかにも中国の女って感じですね。謝らないのは確かに悪い。でも自分ではちょっと反省したんじゃないですか。だからもう1本魔法瓶持って来てくれたんだと思いますよ。この部屋は4本だけだったのに、1本増やしてくれたんだから、サービスしたんじゃないですかね、彼女。」

 僕は軽く笑いながら留学生達の間を抜けて、服務員が置いていった魔法瓶を取り、みんなのいるところに持って来た。

「サービス?それより前に言うことがあるはずですよ!ごめんなさいってね。」

 横山君はまだ怒りが収まらないようだ。

「今に始まったことじゃないだろ。中国人の自分勝手なんてさ。相手のことなんてちっとも考えない中華思想の塊だからね。無視しとけよ、あんな連中。」

 桜井君は冷ややかな笑みを浮かべ、横山君の背を軽く叩いた。

「あー、つんけんしてるよ、あの子。仕事も不真面目だしさ。漢族ってちんたら働くよなぁ、実に非合理的。あ、折角だからお茶いただくね。」

 浩二さんはマイカップに茶葉を入れ、留学生達が運んできた魔法瓶に手を伸ばした。

「中国人には閉口してしまいますよ。やることなすこと道徳心がないですからね。」

 桜井君の口調はあくまでクールだった。

「毎日ああいうのと戦って、無駄な体力や精神力を消耗させてしまうんですよね。やれやれです。」

 横山君が溜息をつく。

「そっか、君ら留学生なんだもんな。毎日苦労しているわけだ。」

 浩二さんが同情する。と、ふたりは堰を切ったように、これまで体験した中国人の非道な行為の数々をぶちまけた。

 商店の店員をいくら呼んでもこちらを振り向かないこと。やっと振り向いて対応してくれても無愛想この上なく、商品や釣り銭を投げて寄越すこと。勤務時間を過ぎても出勤してこず、営業時間がまだ終わっていないのに帰ってしまう従業員達のこと。どこでも大声で話したり、歌ったりすること。ぶつかっても謝らないこと。そこらじゅうに痰を吐き、手鼻をかみ、便所に入れば自分の排泄物を流さないこと。安請け合いして約束を守らないこと。待ち合わせの時間には決まって遅れること。タクシーの運転手は日本人が乗ってきたら妙に説教たれること。それでもってわざと遠回りをして嫌がらせをすること・・・・・

 彼らの愚痴はまだまだ続いた。でも僕はもう彼らの言葉が耳に入らなかった。聴力が再び拒否反応を起こし、目眩すらしてきた。目を伏せ、ふたりが矢のように放つ中国人への不満を直に受けぬよう、やや的をずらす。

 しかし浩二さんと島本君は、この部屋に次々と放たれるふたりの言葉を一つ一つ取り上げて、興味深そうに『へえ、そうなんだぁ』とか、『そりゃ頭にくるね』とか、相づちをうちながら聞き入っている。すると桜井君と横山君はますます話をエスカレートさせ、更に熱が籠もった口調になっていく。僕は何とかしてこんな空気を変えたいと思ったが、為すすべもなく黙って座っていた。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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 【日本人留学生】 その3

 僕がダレ気味に部屋に戻ると、浩二さんと島本君がベッドに寝っ転がって喋っているところだった。

「遅かったね。浮かない顔してどうしたの?」

 浩二さんが身を起こした。

「いえ、別に・・・」

 僕は自分のベッドに腰を下ろした。どっと汗が溢れ、目に入って染みた。Tシャツの袖で目尻の辺りを強く拭い、ふと隣のベッドに目をやると新しいバックパックが立て掛けてあった。今朝まで自転車君がいた場所だ。

「さっき入ってきたよ。日本人の野郎二人。どうやら留学生らしい。」

 煙草に火をつけ最初の一口を吸ってから、浩二さんは僕の隣のベッド二つを顎で指した。

「今、シャワーを浴びていらっしゃる。」

 浩二さんの口から煙が長く伸びてふんわり散った。

「夏休みだから留学生も大勢ここに来るんでしょうね。さっきもうどん屋で一人会いましたよ。北京在学の人に。」

 そう言うと、さっきの師範大生の厳つい顔が目の前に甦った。あれから彼は中国人がいかにむかつくかを言いまくっていたが、僕は聞いていなかった。彼の言葉の弾丸で僕は蜂の巣になっていた。彼の中国人に対する怒りをぶつけられても、僕には為すすべなどない。ただ黙ってうどんを食っているだけだった。聞く神経はもはや拒絶反応を起こしていたのだ。それで拌麺(バンミエン)を食べ終え、留学生と別れてから頭の中を切り替えようと職人街を一往復して部屋に戻ってきたのだ。

「お、ご入浴終了だな。」

 浩二さんの囁き声とともにシャワー室の扉がガチャリと開いた。日本人の男が二人、タオルで頭を拭き拭き、出てきた。彼らは僕たちを認めると

「どうも、今日入ってきました。よろしく!」

と礼儀正しく挨拶した。後ろの男がおじぎの後ですぐに眼鏡をかけた。僕はその顔を見て“あっ”と声を上げた。さっきのうどん屋で一緒になった留学生だったのだ。

「ああ、先ほどはどうも。こちらに泊まってたんですね。」

 彼は目ざとく僕を見つけた。

「あ・・・はい。」

 僕は軽い目眩に襲われた。こんな僕の様子には気がつかないのだろう、留学生は少し微笑みながら、

「同室の人とは知らなかったんで・・・。あ、僕、桜井っていいます。僕ら2泊しますんでよろしく。」

と自己紹介した。

「こいつは僕と同じ学校の留学生で、横山君です。」

 横山君はまたぺこりとおじぎをした。横山君は色黒でひょろっとした背の高い男だった。僕らも名を名乗り、簡単に自己紹介した。

「えーっと、この魔法瓶は・・・と・・。あ、中、もう空っぽですね。こういうドミトリーだったら服務員もお湯足してくれないんでしょうね。自分で汲んでこいってことでしょうね。えっと・・・4本ですか、全部で。ちょっと行ってきます。横山2本持って。ウェイ、小姐(シャオジエ)!小姐(シャオジエ)!」

 桜井君はさっと4本の魔法瓶を提げ、そのうち2本を横山君に預け、部屋を出ていった。「きびきびしてるね~。」

 浩二さんは感心した様子で拍手を送る真似をした。

「段取りすっかりわかってるって感じですね。さすがは留学生ですね。」

 島本君も顎を撫でながら言う。

「いや~ん、頼もしいわぁ。」

 浩二さんはバンダナを頭から外し、腕に巻き付け両手を組んで女の子のように首をかしげた。その時、横山君がきょろきょろしながら部屋に入ってきた。

「あのう、すみません、コルクの栓どっかにありませんか?魔法瓶の中蓋の。一つ見当たらないんです。」

 僕たちは協力し合ってコルク栓がどこかに転がっていないか探した。バックパックの陰、ベッドの下、運動靴の中、窓枠の下の部分まで見たが、どこにもなかった。

「ありませんよね。わかりました。」

 横山君は意を決したようにまた部屋を出ていった。

「気がつかなかったなあ。コルク栓、なくなってたんですね。」

 僕は全く知らなかった。

「アルミの蓋が上から被せてあるからね。見えないもん。気づかないよ。だけどなんでなくなるんだ、あんなもんが。」

 浩二さんは不思議そうにまたベッドの下を覗き込む。

「どっかにはあるんでしょうけどねぇ。もう一度丁寧に探してみましょうか。」

 島本君が立ち上がったとき、魔法瓶4本両手に提げた桜井君が戻ってきた。

「よいしょっと。新しいお湯です。熱々ですよ。」

 桜井君はドカドカッと僕らの前に魔法瓶を置くと、

「おーい、ヘンシャン!もういいって。馬鹿女なんかもう相手にすんなよ。こっち来いよ。」

と、ヘンシャンこと横山君を呼んだ。ほどなくむくれ顔で横山君も戻ってきた。

「どうしたの?」

 僕らは聞いた。

「一つだけコルクの中蓋がなかったんで、服務員の小姐(シャオジエ)に聞いたんですよ。予備のか、余ってるのかないかって。そうしたら服務員のヤツ怒り出して、なくしちゃダメだ、探してこいって、えらい剣幕ですよ。」

桜井君はしらっとした調子で答えた。

「さっき探してもらってすみませんでした。で、探してもなかったって服務員に伝えたんですけれど、余計に叱られちゃって、もっとちゃんと探せだの、なかったら弁償しろだの喚きやがって、もう・・・」

 今度は横山君が顔をしかめながら言った。彼の濃い眉がぎゅっと真ん中に寄った。

「悪いねぇ、来たばかりの君らには何の責任もないのに。でも俺らも知らないんだよ、そのコルク栓がなくなってたなんて。」

 浩二さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、どうせあの服務員の女が栓するのを忘れたんでしょう。だけどあいつら一度言い出したら自分の意見引っ込めませんからね、放っときましょう。新しい魔法瓶取ってきましたから。」

 桜井君の口調は思いっきり冷めていた。

「そうっすか?いいんですかね、もう一度探さなくても・・・」

 島本君が言いかけたとき、ツカツカツカと鋭いサンダルの音がして、ドミトリー係の服務員の小姐(シャオジエ)が入ってきた。

「あったわよ、コルクの蓋!ほら、もう1本どうぞ!」

 彼女は入り口付近に乱暴にゴンと魔法瓶を置き、足早に去っていった。


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新彊野宴(シンチャンバンケット)
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  【日本人留学生】 その2

「どう思います、中国に来て。」
 
突然、師範大生は直球を投げつけてきた。
 
「パキスタンから入ってまだ10日くらいしか経ってないし、それにここは新彊で本当の華人の地域じゃないから、まだちょっとよくわからないってとこですね。でも、楽しいですよ、今のところ。」
 
 僕はカーブを投げ返す。
 
「楽しい?」

 師範大生は呆れた表情で僕を見つめた。

「ええ、楽しいですよ。そりゃ勿論異国だし、困っちゃうこともありますけど。飯もうまいし、ウイグルの女性は綺麗だし。」

 実際、インド、パキスタンと旅してきた身にとって、中国はありがたく感じる。それは何と言っても食事の面である。いくら新鮮な羊がうまくても、カレーが目新しくても、20年日本の食生活に慣れた体にはどうしようもなくつらいことがある。しかしここカシュガルはウイグル圏といっても中国だ。漢族の食堂へ行けば我々日本人にも親しみのある中華料理にありつける。愛想が悪いと悪評の高い、旅人泣かせの中国でも絶賛される食事評だ。

「今のうちだけですよ。楽しいなんて思うのは。」

 師範大生はティッシュで口を拭ってから、しらっとした口調で言った。

「もう少ししたら嫌になりますよ、こんな糞みたいな国。」

 毒を含んだような言い方である。僕が呆気にとられて見返すのを待ってから彼は口を開いた。

「だいたいね、中国人とはまともにつきあってらんないですよ。あいつら金のことしか頭にありませんからね。」

 拌面が運ばれてきた。ちょうどよかった。どんなリアクションをしたらいいのか、戸惑いの表情を見られまいと、僕はうどんを食べることで師範大生の言葉のボールをかわした。こんな僕の気持ちなど全くお構いなしに、彼はなおもびゅんびゅん僕の懐めがけて話し続ける。

「例えば列車に乗るとですね、周りの中国人が絶対話しかけてきます。やれお前の眼鏡はいくらだ、靴はいくらする、中国元に換算したらいくらなんだって具合にね。で、ほーっ、高いな。俺の給料の5ヶ月分もするとかなんとか言って頷き合う。またはね、お前の国では1ヶ月の給料はいくらかってね、これは必ずといっていいほど聞かれるんですよ。まともに答えようものなら日本人はそんなに金持ちなのかって目を丸くしてびっくりするんですよ、奴ら。物価の違いなんてまるでわかっちゃいないんですから。話すだけでくたびれますよ。無知なくせして物価について話したがる。話題といえばものの値段のことのみ。鬱陶しいことこの上ないですよ。」

 もう充分だと僕は思った。うどんの味が全くわからなかった。


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