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新彊野宴(シンチャンバンケット)
新彊野宴(シンチャンバンケット)

 【日本人留学生】 その1

 自転車君が去ることになった。烏魯木斉(ウルムチ)までの飛行機のチケットが手に入ったのだ。浩二さんと島本君と僕は、中国民航のオフィスまで自転車君を見送った。彼も一頃よりはずいぶん元気になった。ひょろひょろとした歩き方をしなくなったということは、健康も回復したのだろう。

「皆さんどうもありがとうございました。総出で見送ってもらうだなんて感激です。いやぁ、生きてるっていいですね。」

 自転車君はかぶっていた野球帽をとって、ぴょこんとお辞儀をした。

「おいおい、なにオーバーなこと言ってんだだよ。それにこの3人のどこが総出なの。」 浩二さんが笑った。

「いやぁ、だって、一時は生きて帰れないんじゃないかと思いましたからね。体力も甦ってきたことだし、帰国まで何とかなりそうです。皆さんのおかげです。ども。」

 自転車君は骨張った頬に笑みをたたえてもう一度お辞儀をすると、えいやっと自転車を担ぎ空港まで行く民航バスに乗り込んだ。

「頑張れよ!」
「お元気で!」
「気をつけて!」

 見送り組は口々に叫んで手を振った。自転車君もバスの中から手を振って笑顔で応えた。彼は笑うと細い目が一層細くなり、左の頬に微かにえくぼができる。

 自転車君とはほんの三日ほどのつきあいだった。が、儚げな風貌の中にもひょうひょうとした面白みを漂わせている彼に、僕は魅力を感じていた。たまたま彼の体力が消耗していた時だったので柔な印象が強くなったのは確かだが、それを差し引いても旅行ずれしていない彼の純な部分が僕ら3人を見送りに来させたように思う。しかし一見軟弱そうなのに結構したたかな根性を持ち合わせ、結構思ったことをあけすけに言うところなど実に玄妙に感じられたのだった。こんな自転車君が行ってしまうのはちょっと寂しいような気がした。


 あとに残った3人はその後別行動をとった。浩二さんはすぐホテルに引き返し、島本君は用事があると言ってどこかへ消えてしまった。僕は腹も減ってきたし、どこかで腹ごしらえをと思い、職人街へ入っていった。適当なメシ屋を見繕い、老板(ラオバン)に拌麺(バンミエン)を注文した。

「あんた香港人かい。」

 ウイグル人の老板(ラオバン)はエプロンの裾で手を拭きながら中国語で聞いた。

「ヤポンルック(日本人)です。」

 覚えたばかりのウイグル語で答えてみた。

「ほほう、ウイグル語ができるんかい。」

 老板(ラオバン)はちょっと意外そうに、また嬉しそうに笑った。

「ほんのちょっと。」

 ウケを狙ってまたウイグル語で答えてみた。老板(ラオバン)は気をよくしたらしく、チャイをなみなみと注いでくれた。そして側にいた奥さんらしき女性に、僕のことについて何か二言三言話をしたようだ。たぶん『あの客はウイグル語が少しできるらしい』というふうなことだろう。その30歳前後の奥さんとおぼしき人は、ウイグルの女性らしい赤、黄、緑の矢がすり模様のゆったりとしたワンピースを着、頭には赤いレースのスカーフを巻いている。典型的なウイグル女性の格好である。彼女もにっこり笑って僕を見ると、さっと親指を立てた。ヤクシ(GOOD)という意味だ。僕も親指を立て二人のほうに向けた。その時だった。

「ねえ老板、拌麺(バンミエン)一人前。悪いけどちょっと少なめにしてもらえるかな。」

 流暢な中国語が後方から聞こえた。旅行者らしき男である。彼は僕の隣のテーブルにつき、どっかと腰を下ろした。

「あんたも旅行者だね。ここにいるお客さんと同じリーベンレン(日本人)かい。」

 老板(ラオバン)は立て続けにやってきた異邦人を見比べる。

「そうだよ。」

 男はそう答えると、目の端で僕を見てから微かにお辞儀をした。角刈りの黒く硬そうな髪、肩幅の広いがっしりとした体格、柔道部員のように逞しい体つきだ。ランニングシャツを着ているからか、立派な胸板であることがよくわかる。青い短パンからにょっきりと露わになっている腿はよく鍛え上げられたような筋肉質だ。
 彼は肩から提げていた布製の袋を脇に置き、中からウエットティッシュを取りだした。

「あ、いりますか?」

 男はティッシュを一枚差し出した。銀縁眼鏡の奥の鋭い眼から放たれる強い視線とぶつかった。

「ありがとうございます。」

 僕は素直に受け取った。

「うまいんですね、中国語。」
「ああ、今習っていますから。」

 彼は素っ気ない返事をした。

「習ってるって・・・」
「留学生なんです。北京の大学の。あ、箸もこれで拭いたほうがいいですよ。こういう所、不衛生でしょ。」

 彼はティッシュをパタパタ振って見せた。僕は彼の言葉に従い、ティッシュで箸をきれいに拭った。普段はこんなご丁寧なことはしないのだが、彼の好意を無にしては申し訳ないように思えた。

「北京のどこですか、大学は。」
「北京師範大学です。お宅も留学生ですか?」
「いや、僕は単なる旅行者です。あの・・留学はもうずいぶん長いんですか?」
「1年半過ぎたところです。これからあと半年。ですからトータルで2年ですね。」
「ほう、凄いですね。」
「中国は初めてですか?」
「ええ。」

 僕の答を聞いたとたん、師範大生は鼻の奥でふふんと笑ったような気がした。彼は顎をくっと持ち上げ左手で支えると、僕を見下ろすような目つきをした。


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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学