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アジアぶらぶら顛末記 |
アジアぶらぶら顛末記 パキスタン編
その2 【レディーファーストでお腹だぶだぶ】
パキスタンは言わずと知れたイスラム圏だ。そんなわけで町を闊歩しているのは男ばかり。女性はというとしっかりベールを覆い体全体を隠して車の中から出てこなかったり、主人らしき男性の後ろに隠れるようにして立っているかだ。まったくもって男女不平等、男尊女卑、亭主関白、男子厨房に入らず・・・・封建的な四字熟語やことわざがポンポン飛び出すほどイスラム圏は男社会だ。ギルギットの町に来たばかりの時は、こんな所に女一人で来ちゃったのは間違いだったかなと、ひどく後悔した。
しかしこの後悔は間もなく消え、感激、感動へと変化していった。パキスタンの男性は外見は強面の濃い顔だし最初は笑顔も見せないが、話してみるととっても気さくだ。おじさんもお兄さんも少年も、皆茶目っ気があると気がついた。
ギルギット2日目、中国から一緒にパキ抜けしてきた日本人3人組(男2人女1人)と私は町のレストランに入った。シシカバブをたらふく食べて普通にお金を払い出たのだが、とってもおいしかったので次の日もまたこのレストランに入った。今度は3人組の中の女の子R子ちゃんと二人で行った。またシシカバブセットを食べて大満足。店を出るときお金を払おうとしたら、マスターのおじさんは首を横に振って「ノーサンキュー」と言った。ええっ!なんで?お金いらないの?
「あんた達は女の子だからね。いいよ、お金は。」
え・・・・・でも、タダってわけにはいかないよぉ~。するとマスターは
「じゃあ、バクシーシーで。」
と言う。ん??バクシーシー?ああ、ご慈悲?てことは、つまりそれじゃあ気持ちだけいただくっていう意味ね。R子ちゃんと私はルピー札を一枚ずつマスターのおじさんに渡して店を出た。その直後我々女二人が感激しまくったことは言うまでもない。男尊女卑だと思っていたイスラムの国パキスタンだが、女性には優しいではないか。これは予想もしていなかった感動だ。
バスチケット売り場へ行ったときも思いがけないことがあった。売り場はチケットを買い求める人で大変混雑していた。チケットの窓口はすごい人だかり。並んでいるのは皆屈強そうな男達だ。その列の最後尾に並ぼうとしたら、私に気づいた人たちがどうぞどうぞと列の前へ場所を譲ってくれた。あれよあれよという間に私はどんどん前に送られ、とうとう窓口の一番前に押し出された。え?先頭に来ちゃったけどいいの?
「レディーファーストでしょ、当然さ。」
と、すぐ後ろの男性が言った。まあ、どうもサンキュー、シュクリア、恩に着ます。というわけで、私は全く待つことなしにすんなりとバスチケットが買えたのだった。こんな事中国ではまずあり得ないことだな。あ、日本でもあり得ないか!
「レディーファーストでしょ、当然さ。」なんてキザったらしい言葉、サムライブルーの日本男児はきっとこっ恥ずかしくって言えないだろうよ。ところが、シャルワルカミースのパキジャンはこんな台詞をさらっと言えるところが実に決まっている。ちっともイヤらしくない。嫌味なく聞こえるどころか、とってもイキでかっこいい。イスラムのダンディズムかしら。
イスラムの国では原則として禁酒である。だから町にはビアホールもバーもない。ま、中にはこっそり隠れてお酒を飲んでいるという話も聞くが、規律が厳しければそれを破りたくなるというのが人間の本質かもしれない。そんなわけで、町には酒場がない代わりに喫茶店が多い。ここでの飲み物は主に紅茶。リプトンのティーバッグを出す店がほとんどだ。真夏のギルギットは体から水分を吸い取り尽くすほど暑い。だからついつい喫茶店に足が向く。お客が他にいなかったからか、マスターはずーっと話しかけてくる。ティーカップに紅茶がなくなるとお湯を注ぎ足してくれたりして、話は止まることなく続いた。ほとんど一方的にマスターが喋ってるんだけど。結局なんと1時間もお話につきあい、その間紅茶を3杯いただいた。それなのにマスターはお茶代を受け取らない。
「オー、お金はいらないよ。あなたはゲストだ。それに女性だからね。」
あらぁ~、もうけちゃったな。タダでいただいちゃった。それにしてもまたもやかっこいい台詞を聞いた。リュック背負ってドカタ並みに日焼けしたバックパッカー女にとって、「女性だからね」なーんて泣かせるような言葉を囁かれると妙に嬉しくなっちゃう。更に紅茶が無料ときているし。イスラム圏って旅する女性にとっちゃ天国かもね。
他の喫茶店に行っても同じだった。皆紅茶の代金を受け取らない。また、マスターも例外なくお喋りだった。私は1軒の喫茶店で最低2杯は紅茶を飲んだ。正確に言うと、マスターのお喋りにつきあわされ、紅茶を飲まされた。が、悪い気はしない。だって、タダ飲みだもん。それにお話を聞くのもおもしろいしね。
“無料”はレストランや喫茶店だけでなく、道端でも体験した。町はずれを歩いていたら、農作業をしていたおじさんが手招きをした。おじさんは畑の端っこに張った簡易テントの中でミルクを沸かし、炊きこみ茶を作ってごちそうしてくれた。図々しい私は2杯飲み干した。
山道をバスで走っているときも不思議な出来事に遭遇した。バスが途中休憩したので、下りて外に出てみると、少し離れたところに4,5人のパキジャンがいた。彼らがおいでおいでとやったので、ちょっと近づいてみた。すると籠を手にした小さい男の子が勢いよく私のほうに向かって走ってくる。男の子は私の前に籠を差し出した。口を開けて嬉しそうに笑っている少年はどうぞという風に何度も籠の中を見せる。中にはオレンジ色の実がたくさん入っていた。何だろう。よく見るとそれはアンズだった。ドライフルーツのものは見たことがあるが、生のアンズはお初だった。嬉しくなって一つつまみあげた。が、すぐにこの子は押し売りじゃないだろうか、子どもを使って外国人観光客に高くものを売りつけるっていうあくどい商売じゃないか、と警戒した。引っかかっては大変だ。しかしアンズは食べたい。いくらなんだろうか、このアンズ。男の子に値段を聞こうとしたら、彼はまた大急ぎで元いた大人達がいる場所へと戻った。私はぽかーんとしてしまった。遠くから男の子は私のほうを見て手を振っている。手元にはアンズが一つ。あーら、売り物じゃなかったんだ。親切でこのアンズをくれたんだ。疑って悪かったなあ。私はアンズを一口かじった。生まれて初めて食べたフレッシュアンズは仰天するほどおいしかった。
パキスタンの旅は女にとってホントにお得。女性であることと観光客であることで紅茶はタダになる、親切にされる、レディーファーストのサービスも受けられる。いいことずくめだ。すごいぞ、パキスタン、見直したぜ、パキスタン。最初は男尊女卑だの、男女不平等だのと言っていたが、撤回する。パキスタンの得点がとんとんと著しくアップした。女バックパッカーのパラダイスって言ってもいいかもね。だけど調子に乗って紅茶をがぶがぶ飲んだら、あ~ら、お腹がダブダブよん。お腹周りが苦しくなるわ、トイレに近くなるわ、レディーファーストを受ける身もつらいよ。ホテルの部屋に帰ってベルトをゆるめ、ジーンズのジッパーをずらしてぐったり。くれぐれもこんなだらしない格好にならないよう、気をつけませう。
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アジアぶらぶら顛末記 |
アジアぶらぶら顛末記 パキスタン編
その1【拝啓シャルワルカミース殿】
山を越え谷を越え、途中で高山病になりそうになりながらやってきました、パキスタンはギルギット。夏の旅行シーズン中、旅人に人気のカラコラムハイウェイ。この道を中国側からバスに乗ってパキスタン入りだ。これを俗に『パキ抜け』という。パキ抜けは前々から憧れのルートだった。日本では拝めない七千メートル級の黒く尖った山々が青空に聳え、灰色の河が谷間を渦巻くようにして轟々と流れる。誰もが声を上げて誉め称えるという噂通り、その凛々しいまでの景色は確かに絶賛に値するものだった。夢が叶い、カラコラムハイウェイを通ってパキスタンの町に着いたのだ。やったぁ、やったぁ、バスを降りたところで万歳三唱でもしたい気分だ。
しかし、辺りを見回すと、とてもじゃないがそんな気分にはなれない。だってねぇ、その辺を歩いているのは目つき鋭く鼻の尖ったパキスタン人ばかり。しかもみんな髭面の男だよ。女性の姿は一人も見られない。そして、彼らが来ている服は『シャルワルカミース』というパジャマみたいにだぶだぶのヤツ。ベージュ、ダークグレー、ダークグリーン、ダークブルーと、色の種類こそあるが、全て無地柄で一着につき一色のみ。皆さんダークで地味な装いだ。そんな服を着た厳つい男達が行き交う中、“万歳、万歳”と叫ぼうものなら、すぐさまどこかへ連行されてしまいそうだ。その上、彼らはすれ違うたびに
「ハロー!」 「ハーイ、ジャパニー。」
と挨拶してくる。まあ、黄色人種の女が一人でうろちょろしているのは、一目で旅行者だとわかるから言葉をかけてくれるんだろう。その気持ちは嬉しい。しかし、この声かけが笑顔で発せられるのならまだこちらも和めるのだが、にこりともせず真顔で言われるんだから、親しみを感じるどころか、正直怖い。女性の通らぬ、つまり華やかさのかけらもないこのムードこそがイスラム教の国だと知らされる。
「ハーイ、ハウ アー ユー。」 「カム フロム ジャパン?」
口髭を生やした濃い顔のパキジャン達に次から次へとこう言われると、非常に無気味である。ああ、なんて所に来てしまったんだ、後悔その1だ。
ところが、一日経ち二日経ち、三日目になるとこの光景にも慣れてきた。鋭い男達の目つきも、地味っちいシャルワルカミース集団も、見慣れてしまうともはや日常となる。愛想のない声かけも社交辞令と思えば、どうってことなくなった。ほんに慣れとは恐ろしい。最初のうちこそ愛想のなかったパキジャンだが、毎回通る度に挨拶してくれるマンゴジュース屋のお兄さんは私の顔を覚えてくれて、にっこり笑うようになった。こうなるとパキジャン達に対する恐怖心も次第に薄れていき、今度はこちらの方から「ハロー」とか「アッサラームアレイクム」とか声をかけられるようになった。初日は警戒心でガチガチになっていたのだが、日ごとにそれがほどけてきた気分だった。
が、あまり警戒心がなくなるとよくないという出来事にぶつかった。ギルギット三日目、かんかん照りの午後のこと。町はずれの荒れ地を彷徨った後、日陰を求めて建物の陰に入り休んでいると、ひょろりと背の高いパキジャンが現れた。彼はゆっくり歩いていたが、私を認めると「ハロー」と言って通り過ぎていった。その後、少し離れた建物の壁に向いてその場にしゃがみ込み、黙って下を向いたまま動かなくなった。おや、あの人はいったい何をしているんだろう。下に何か動物でもいるのかな。それとも花でも咲いているのか。不思議に思い男に近づいた。すると彼はこちらを向き、とても困ったような顔をした。えっ!?どうしたのかな。更に近づくと男はちょっぴり苦笑いをした。あ、あ、あ、そ、そうか・・・!彼はうんこをしていたのだった。シャルワルカミースの上着の裾が長いのでちょっと見ただけではわからなかったが、よく見ると彼はズボンをずり下ろしていた。
わああああっ、ごめんなさ-い!私は「ソーリー、ソーリー」と叫び、急いでその場を立ち去った。まったく、もう、私ったらなんて失礼なことをしてしまったんだろう。人の排便姿をじっと見ちゃうなんて。ああ、すみませんねぇ、お兄さん。み、見るつもりはなかったのよ。はああ~、焦っちゃったな。
それにしてもギルギットって、なんとのどかな所なのか。人の目などお構いなしに野グソできるとはねぇ。いやはや。こういうこともあるので、警戒心を解いてはいけない。ああ、気をつけなければと、今度は町中に移動する。
バス停を偵察しに行くと、待合室にいる人に声をかけられた。
「ハーイ、あなたは日本から来たの?ギルギットはどう?ああ、僕かい。僕はラホールから来たんだ。家族でバケーションさ。ギルギットはいいよね、都会と違ってのんびりしてて。癒されるよ、まったく。」
流暢な英語だ。声の主は小学校高学年かという男の子。小太りで、眼鏡をかけていて、いかにも裕福なインテリのお坊ちゃんという感じである。ハイソなパキスタン人家庭の子どもって、皆こんな感じなんだろうか。ギルギットの町をぶらぶらしている兄ちゃんと違って、服の着こなしもどことなくきっちりしているし。少年の後ろには上品そうな紳士が立っている。少年の父君なんだろう。自分の子どもが外国人と話すのをにこやかに見ている。そのまた後ろに隠れるようにしてベナジル・ブット似の女性が立っていた。この人は母君だな。頭からすっぽりベールを覆い、顔の下半分をしっかりと隠していた。少年はギルギットに来て癒されると言ったが、普段は勉強勉強で大変なんだろうか。将来のパキスタンを背負って立つ身はツライよ。
バス停を離れ、次ににぎやかな通りに出てみた。見ると道沿いの一角に人だかりがしていて賑わっている。何だろう。近づいてみると、それは音楽テープを売っている露店だった。道端に布を広げ、そこにテープがたくさん置かれている。傍らのカセットデッキからは大音量のボリュームでイスラミックミュージックが流れている。店主はなんと11歳か12歳くらいの男の子だった。子どもなのに口の端っこにタバコをくわえ店を仕切っているのだった。ねえ、これ誰の曲なの、と少年に聞いてみる。
「ナディア・ハッサンさ。有名だよ、ほら。」
少年はテープを手にとってよく見せてくれた。なるほど、テープケースに巻き付けられた紙には、ロングヘアーのパキスタン美人の写真が印刷されている。他の音楽テープもほとんどこの女性、つまりナディア・ハッサンであった。へええ、今この人の歌が流行っているんだ!感心していると、
「ナディア・ハッサン、いい女だろ。俺の好みだぜ。」
店主の少年が嬉しそうに言った。まったく、このぉ~、ませガキがー。子どものくせに“俺の好み”だと?おかしくなって少年の頭を軽く小突いた。すると彼は悪びれる様子もなく「でへへへ」と笑って、プハーッとタバコの煙を吐いた。よく言えば大人っぽいが、悪く言えば下卑た子どもだ。同じ年頃の子どもでも、さっきバス停で出会った少年とは大違いだ。否、待てよ、共通点はあるぞ。パキスタンの男の子って上品でも下品でもこまっしゃくれているんじゃないかな。
やれやれ、まいったまいった。これから一週間シャルワルカミース殿の世界に埋もれなくちゃならないのね。こりゃあ、中国やタイ以上に大変なことになるかもしれないな。ギルギットから何が飛び出すか、楽しみでもあり怖くもあり、という心境にドキドキする私だった。
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