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アジアぶらぶら顛末記 |
アジアぶらぶら顛末記 タイ編
その6【ジェネラルホスピタルにチェックイン】
バンコクに戻ってきた。タイ滞在も残すところ後二日。有意義に過ごさなくっちゃね。食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、お土産買いに精を出すとするか。なんだかんだうろうろと三週間余りを費やしたタイ。最初言葉は全然わからないし、バイクの轟音は凄まじいし、複雑なバス路線には戸惑うしでどうなることかと思ったが、今じゃ結構慣れたもんだ。中国よりもずーっと便利で暮らしやすい。タイ旅行なんてチョロいもんよ。ラクショー、ラクショー。
ところが、この油断がいけなかった。あまりいい気になっていると天罰が下るもんだ。物事を馬鹿にするととんでもない目に遭う。旅に「慣れ」というコケが生え、私はそのコケを踏んで滑り、まんまとタイの落とし穴にはまってしまったのだった。
夕方になろうかという頃、ホテルのそばをぶらっと歩いていると、人だかりがしていた。ソムタムを売っているおばさんの前に列ができている。なんと行列のできるソムタムの店!こんなに人気があるならきっと美味しいに違いない。すかさず列に加わった。私の前の人がソムタムにカニを入れてくれと注文した。ほほう、カニが入ると更に美味しそうだなあ。私の番が来た。何のためらいもなく、カニを一つ入れてくれと頼んだ。よせばいいのに、現地の人を真似てわかった風なことをしたのが悪かった。確かにソムタムは美味しかったのだが、ものの見事にカニにあたってしまったのだった。
その夜、お腹が猛烈に痛み出し、何度もトイレへ行った。激しい下痢だった。持参した正露丸を飲み、水分も補給しながら腹痛が治まるのを待った。だが、治まるどころか痛みはひどくなる一方で、熱まで出てきた。これはヤバい。単なる下痢じゃなかったら・・・・。まさか変な病気なんかじゃないだろうね!不安がよぎる。結局、腹の痛みと次々襲い来る下痢の嵐に一睡もできなかった。こうなったら病院へ行くしかないな。朝になるのを待ち、町が動き始めた頃、ホテルをチェックアウト。そしてすぐにそばを通りかかったトゥクトゥクを捕まえ、ジェネラルホスピタルへ向かった。
ジェネラルホスピタルは想像通り大きな病院だった。窓口でパスポートを振りかざし、身振りで腹痛を訴える。するとすぐに係の人が飛んできて、入院するかと尋ねた。タイ滞在日数があと残り一日しかないんだから、即刻治してもらわねばならない。集中的に治療してほしかったので、入院することにした。看護婦さんが車椅子を出してくれて、私は力無くそれに座り、病室まで運ばれた。
なんとタイ最終日にジェネラルホスピタルにチェックインするとはね。我ながら情けないことだわ、とほほほほ・・・・。どさっとベッドに横たわる。病室は個室で、とても綺麗だ。トイレとシャワーのついた洋式のバスルームもあるし、テレビもある。ベッドもしっかりしているし、脇に備え付けられているテーブル、引き出しなども清潔だった。患者が着る室内着もきちっとアイロンがかかっている。部屋の様子をぼんやり見ているとドクターが来た。
「どうしましたか?あら、下痢?よーし、それじゃ、点滴して元気になりましょう。」
ドクターは日本語がぺらぺらだった。日本で何年か研修したのだそうで、流暢な日本語で言った。
「はい、この薬を飲んでくださいね。ゆっくり休んでください。便を検査しましょう。大丈夫ですよ、きっとよくなります。」
看護婦さんも2時間おきくらいに見に来てくれてタイ語と英語を交えて話しかけてくれた。が、みな何故か「うんち」だけ日本語で言うから妙におかしかった。
検便の結果、赤痢などの危ない病気ではなく、ただのひどい下痢だということが判明した。看護婦さんは私を見ながら気の毒そうな中にも微笑みを浮かべて「タイフード ヒット ユー」と言った。ヒットもヒット、逆転サヨナラスリーベースヒットだよっ!ああ、きれいにやられたもんだわさ。
しばらくしてさきほど「ヒット ユー」と言った看護婦さんがお盆を片手に現れた。今度は「ジャパニーズ スペシャルフード」と叫び、傍らのテーブルにそのお盆を置いていった。見てびっくり、なんとそこにはお粥とトンカツが並んでいたのだ。お粥は少し大きめの茶碗に8分目ほど白粥が入っていて、真ん中にちょこんと梅干しがのっかっている。きっと日本食品を売っているスーパーかどこかで調達したんだろうな、この梅干し。日本人が病気になったときには“白粥に梅干し”と誰かが教えたんだろうか。タイの病院でモロ日本式のお粥を食べるとは思ってもみなかったよ。まあ、確かにスペシャルと言えばスペシャルだわね。だけどこのトンカツはいったい何だ?日本人はトンカツが好き、日本人にはトンカツを食べさせておけば間違いないとでもいう話をどこからか耳にしたんだろうか。おあいにく様、こちとら下痢なんだ、トンカツなんて食べられないよう。とにかくお粥だけを食べて、静かに横になった。
「気分はどうですか?元気になるように、もう1本点滴やっちゃおう!」
しばらくしてドクターが来てくれ、点滴の追加をした。「やっちゃおう!」と語尾を上げたドクターの勢いが乗り移ったのか、その後めきめき回復していくのがわかった。お腹の痛みも消え、体力も少し戻ってきた。テレビを見る元気も出てきた。ああ、やれやれ、何とかなりそうだわ。
翌朝下痢はすっかり治り、私はよみがえった。薬と点滴と日本式お粥のおかげかな。ドクター、看護婦さん、お世話になりました、コープクンカー!よかった、これで退院できる。ああ、もうこれからはこの病院に足を向けて寝られない。さて、今からタクシー飛ばしたら飛行機に間に合うな。タイの最終日、ジェネラルホスピタルをチェックアウトし、私はすぐさまドンムアン国際空港に向かった。
さすがはタイ。ただでは帰してくれないわね。やっぱり一筋縄ではいかない国だ。入院なんかしたの、生まれて初めての経験だよぉ。楽しかったこと、おもしろかったことに入院のおまけまで付いて、最後までスリル満点だったタイ旅行。いろんな体験をさせてくれたタイよ、“ラコーン ナカー(さようなら)!!”機上の人となった私は波乱に満ちた今回の旅を反芻しながら北京へと戻ったのだった。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学
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