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中国放浪回顧録
中国放浪回顧録 その34

【真面目な景徳鎮】  

 中国の陶器といえば景徳鎮。これは日本においても周知の事実である。だから景徳鎮が中国のどこに位置するのか知らなくても、我々はその名前ぐらいは知っている。そして「景徳鎮」という言葉を聞くと陶器のイメージから芸術的且つ、渋いいぶし銀の香りが感じられる。桂林や北京など観光名所の町が持つ華やかさや、上海のような都会的センスあふれるお洒落なムードとは異なり、どこかインテリタイプの雰囲気がするのである。それは景徳鎮が我々に教養を与えてくれる分野においてその名を記されているからだ。中国の歴史を語る書物は明代,清代に陶器生産の繁栄期を迎えた景徳鎮を紹介し、中学校や高校の地理の教科書には必ず陶磁器の産地として挙げられ、学生たちは暗記項目としてテスト直前にこの町の名を覚えるのである。けれども、景徳鎮が意外と真面目で厳格な町であることまではどの本にもいまだ書かれていない。ふふん、文部科学省の教科書検定もまだまだ手ぬるいな。

 景徳鎮に足を踏み入れた直後、行動の第一歩として市バスに乗ってみた。中国の市バスは2台分を蛇腹でつなげたものが多い。そして前のバスと後ろのバスそれぞれに車掌が一人ずつ乗っているというパターンが一般的だ。が、景徳鎮の市バスには車掌が一人多い3人乗っており、きっちりと乗客を管理している。無銭乗車など絶対見逃さず、どんなに混んでいても、乗客一人一人に切符をちゃんと購入したかどうかを確認するというその徹底ぶりには驚く。なんと抜け目のない町だろうか。いい加減で、どんぶり勘定的な、おおざっぱな中国は、ここ景徳鎮では存在しない。同じ中国でも一風違った感じがする。歩いていても、身が引き締まる思いがするのだった。

 さて、せっかく景徳鎮に来たんだから、古窯を見物しに行こうか。芸術魂からではなく、屋台の食べ物をぎゅうぎゅうに詰め込んだ胃を軽くするために思い立ったのだ。我ながらまったく色気のないことである。古陶瓷博覧地は町のはずれにあった。冬場のためか、訪れる人は少ない。故に旅行者然とした私はやけに目立ってしまうのだった。もちろんすぐ係員に日本人と見破られる。ちょっと日本語が話せる係員だったので、こちらとしてはかえって都合がよかった。係員の劉さんに案内していただきながら古窯を見学する。やはり今は季節はずれということで、仕事人は不在。よって土を捏ねているところや、絵付けをしている現場は見られなかったが、仕事場は覗けた。博覧地の敷地内には、展覧室という建物があった。お客さんが少ないためか、展覧室はクローズドになっていたが、劉さんが鍵を開けて特別に見せてくれた。明代、清代などに作られた昔の陶器が展示されており、中には人間がすっぽり入ってしまうぐらいの大きな壺もあった。どの陶器も見事な手により色彩鮮やかな作品に仕上げられているが、その美しさよりも誕生した時代から現在まで存在し続けてきた、それぞれの陶器の誇らしさに心を揺さぶられる。山吹色の大きな鉢の前で劉さんは立ち止まった。

 「黄色い色の作品は皇帝のものだったんだよ。皇帝に献上するものはすべて黄色に染めなくちゃならなかったんだ。」

 劉さんによると、中国語で『黄』と皇帝の『皇』は同じホアンという発音だから、当時はそういうルールができたんだそうだ。山吹色の鉢は私の前でエヘンと胸を張った。

 劉さんの日本語はカタコトであったが、案内業に関しては徹底していた。彼とはこの古窯でさよならかと思っていたら、その後「陶磁館」という陶磁器の博物館と、弟さんが働いているという陶器工場を案内してあげようと言った。はるばる日本から来た私に景徳鎮のすべてを紹介したいようだ。そして更に、景徳鎮市民の生活も見てみたらよかろうという親切心からだろうが、弟さんのおうちへお邪魔し、家庭料理をいただくというオプションまでつけてくれた。まさに至れり尽くせり。劉さんの仕事にかける意気込みが窺えるのだった。

劉さんの弟さんが勤めている工場を訪れた時も、景徳鎮の真面目さに触れた。工場の名は『宇宙工場』。工場内にある展覧室の係員として働いている劉さんの弟さんはとても愛想のいい人で、突然飛び込んできた異国の小娘にも丁寧に工場の中を案内してくれた。すっかりオートメーション化された工場では、決まった型でたくさん同じ形の器ができてくる。ベルトコンベヤーに載ってスピーディーに処理されていく様子は大仕掛けのおもちゃのようでおもしろい。窯も倉庫のような大窯だ。1200度の温度で一度にどっさりと焼かれる。

 劉さんの弟さんの話では、工員さんたちには日曜も祝日もないらしい。基本的に休みなく毎日働くというシステムだという。工場の労働は厳しい。むろん休みたければ休んでもいいが、その分日当が支払われないだけの話だとか。こういうことを聞くと、女工哀史のような労働基準法もへったくれもない悲壮な労働条件で気の毒に感じる。来る日も来る日もベルトコンベヤーの脇に立ち、流れてくる陶器を処理していく。黙々と健気に働かなくてはならない景徳鎮労働者の運命をここに見た。これほどまでに陶器にかける情熱が強い町だったとは。工員さんたちの謹直な態度は痛々しいほどではないか。休む間もなく文字通り歯車となってコツコツ働く姿はいたわしいではないか。

 ところが、当の工員さんたちには全然暗さなどない。みんな笑いながらおしゃべりしながら作業に勤しんでいるところを見ると、陶器作りは結構楽しい仕事なんだろう。景徳鎮は景徳鎮であって、野麦峠ではないのだ。はぁ、ちょっと安心した。

 景徳鎮で泊まった宿は景徳鎮飯店だった。ホテルの向かいの通りはずうっと奥まで陶器街になっていて、皿、マグカップ、花瓶、きゅうす、人形など、ありとあらゆる陶器が並んでいる。見ているだけでも楽しくなってくる。更に、このホテルの前のロータリーには小吃(中華式スナック)の屋台がたくさん出ている。焼きそば、汁そば、焼き餃子、水餃子、小龍包、揚げ餅など、た~くさんの食べ物の誘惑に乗り、ついつい食べ過ぎちゃう。やっぱり私は花より団子、陶器より小吃だ。こんなすてきな環境に囲まれた景徳鎮飯店だから大いに気に入った。一泊12元の3人部屋のドミトリーに泊まっていても十分幸せだったのだ。そしてこのホテルでも私は景徳鎮の真面目さと出会ってしまった。

 景徳鎮第一日目の日、お散歩から戻って部屋に入ろうとする私めがけて服務員のお姉さんが走ってきた。

 「あなたの部屋を隣に変えました。お客さんが少ないから部屋が余っている状態なんです。さっきの部屋は他の人がいたでしょう。知らない人と一緒だったら面倒なこともあるでしょうから。どうぞ一人で部屋を広々使ってくださいね。」

 なんと、お姉さんは気を利かせてくれたのだ。そう言えば最初にチェックインした部屋には一人先客がいた。一番窓側のベッドに荷物が置かれていたのだ。リュックの模様や英語の本が何冊か置いてあるところを見ると、きっと欧米の旅行者だろう。部屋に戻ってきて先客に会ったら苦手な英語で話さなくちゃならないな、なんてちょっと緊張していたのだ、実は。よかった、お姉さんが親切で、気の利いた真面目な人だったので、私は下手くそな英語を駆使しなくてもすんだのである。

 チェックアウトの時もお姉さんは勤勉ぶりを発揮してくれた。私は次に武夷山へ行くため、南方へ向かう列車に乗らねばならなかった。この列車が景徳鎮の駅を出発するのは早朝で、午前5時に切符を売り出すという。この時間に駅に着くには4時には起きておかなければならない。朝早くチェックアウトをすると、服務員の機嫌を著しく損ね、円滑にチェックアウトできないかもしれない。そこで私は前日の夜にチェックアウトの手続きを済ませておこうと考えた。服務台に掛け合うとお姉さんは言った。

 「まあ、そんなに早く出ていくなんて大変ですね。私、明日の朝4時にモーニングコールしましょうか。」
 「えっ、そんなことしてもらえるの?」

 ドミトリーの客にはサービスが悪いと相場が決まっている。そう思っていたので驚いた。

 「もちろんですよ。仕事ですもの。」

 お姉さんはにこやかに答えた。だが、忘れるのが得意な中国のホテルのことである。当てにしすぎてはいけない、と自分に言いきかせる。

 翌朝4時きっちりに部屋の電話が鳴った。お姉さんは約束を守ってくれたのだ。

 「起きてください。時間ですよ。」 

 爽やかな声だった。仕事とはいえ、律儀ではないか。思わず深く感動する。お姉さん、疑って悪かった。景徳鎮の人はやっぱり真面目なのだ。

 「気をつけてね。また景徳鎮に来てください。」

 服務台へ鍵を返したら、彼女はすがすがしい笑顔で送ってくれたのだった。

 景徳鎮は陶器の町としてその名を世界に知らしめた。この町で生まれた作品は世界各地へと送り出される。景徳鎮の特徴は薄さであるとか、透かしの入った優雅な模様であるとか、ちょっと焼き物に詳しい人ならそのうんちくを傾かせる術を知る心憎い町である。よって世の人が知る景徳鎮の看板はすべて陶器絡みなのだ。だがしかし、素顔の景徳鎮の秘密についてはほとんどの人間は知るまいて。ふふふふふ。こっそり優越感に浸り、一人ほくそ笑みつつ駅へと向かう私であった。 

(1990年2月)


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中国放浪回顧録
中国放浪回顧録 その33

【怪しいマッサージ室に潜入②】

 足壷マッサージは別のブースでするらしく、私は一番奥のブースへと移された。そこにはゆったりとした長椅子があって、靴下を脱いで座るように指示された。驚いたのはこのブースはどうやらマッサージ嬢らの控え室になっているらしく、ロッカーがあったり、ハンガーがあったりしてごちゃごちゃしていることだった。ハンガーには見るからに高級そうな毛皮のコートや革のジャケットが掛かっていて、すべてマッサージ嬢のものと思われた。

 「まず足を消毒するからズボンを膝までまくり上げてね。」

 さっきのけばネエちゃんとは違う女の子が入ってきた。彼女もセーターにジーンズという格好で、化粧をしており、髪を腰のあたりまで伸ばしている。けばネエちゃん2号だ。彼女は洗面器の中にぬるま湯を入れ、それに漢方薬臭い匂いのする茶色い粉を混ぜた。

 「この中に足を入れてね。」

 言われるまま私は洗面器の中に足首まで突っ込み、しばらく待っていた。5分ほどしてけばネエちゃん2号が戻ってきた。さっき全身をマッサージしてくれたネエちゃんも後から入ってきた。けばネエちゃん2号は私の前にかがむと、タオルで丁寧に私の濡れた足を拭いた後、左足を乾いたタオルでぐるぐる巻いて冷えないようにしてから、右の足の裏から指圧を始めた。けばネエちゃん1号は2号のすぐ横にしゃがんで、揉む様子をじっと観察している。2号の方が先輩なのだろう。

 足の裏の壷は体のすべての器官につながっていて、弱っている器官の壷を押さえると痛いと言われている。体験者が「気持ちいいけど、かなり痛い」と言っていた通り、ネエちゃん2号の細い指先が足の裏の肉にくい込む度に、痛みがグワーッと押し寄せる。

 「う・・・ん、胃が弱ってるみたいね。じゃ、ここはどう。痛い?」

 イテテテテテテ、強烈にこたえる。私が顔をしかめているのを見て、 
 「かなり臓器が疲れてる。よく休んだ方がいいわ。」

と、少し力を緩めてくれた。しかし、2号も華奢な女性なのにかなり力持ちだ。 

 「この仕事をしてどれぐらい経つの。」

 お互いに緊張が解けてきたので、質問してみる。

 「一年ぐらいかな。」

 2号が答えた。そばにいる1号は

 「半年になるわ。」
と言った。

 「按摩をマスターするのって、ずいぶん大変なんでしょう。」
 「ううん。3ヶ月ぐらいでできるわよ。足壷の方はもうちょっとかかるけど。」
 「だけどこうやって毎日お客さんの体をマッサージするのって、体力もいるししんどいでしょう。」
 「そんなのへっちゃらよ。お金のためだもん、なんだってやるわ。」

 2号は平然と言ってのけたが、『お金のため』と言った時は目の端が鋭くなっていた。

 「へえ、この仕事そんなに儲かるの。」
 「ええ、まあね。」

そうでしょうとも、ハンガーにぶら下がっている豹柄の毛皮が何よりの証拠だ。私が北京で仕事をしていた時、最初の月給は800元だったと言うと、けばネエちゃんたちは信じられないという顔をした。

 「ウソよ。そんなのではとても暮らしていけないわ。」
 「それにあなた日本人でしょ。外人ならもっともらえるはずじゃない。」

 安月給で悪かったね。月給800元の話はだいぶ前のことだが、それでも驚くところを見れば彼女らは相当稼いでいるのだろう。

 「あなたたち、北京の人?」

 1号はうなずいたが、2号は東北出身だと答えた。

 「何歳なの?」
 「24よ。」

と1号。2号は

 「27歳。」

と答えた。外見よりも老けている。若作りをしているのか、結構おネエさんだった。

 「オーイ、客が来たぞ。いつものヤツだ。誰か出てやれ。」

 突然さっきの受付の男の声がした。けばネエちゃんたちはお互い顔を見合わせて、いやぁねという表情をした。ぬぬ、いったいどんな客が来たのか。我々のブースにショートヘアーのネエちゃんが入ってきた。やっぱりお化粧が行き届いている。けばネエちゃん3号だ。彼女は自分の荷物をロッカーの中に入れた。

 「あんたがやるの?」

 2号はショートヘアーのネエちゃんに訊くと、3号は「そう」と軽く答えてばたばたと出て行った。1号と2号はまた顔を見合わせ、肩をすくめた。

 『いつものヤツ』と言われた客と3号は我々のブースの隣に入ったようだ。話し声が聞こえる。客は男だ。声からすると、若くない。おっさんである。おっさんと3号は何やら話をしているのだが、低い声でしゃべっているからよく聞こえない。2号の手は私の足を揉んではいるが、彼女の耳の神経は完全に隣のブースの方にいっている。1号も耳を澄ませて隣の会話をじっと聞いている。私たち3人の耳はすっかりダンボちゃんの耳になっていた。

 「外国人のお客なの?」
 「うううん。中国人よ。毎日来るの。」

 そう言うと、1号と2号は意味ありげに口の端っこで笑った。毎日こんな所へ来るなんて、相当お金を持っている人なのだろう。私なんか今日は特別投資と思って来たんだからね。常連さんはけばネエちゃんたちにとってはいいカモなんだろう。しかし、彼女らのいかにもいやそうな顔から察するに、おっさんは嫌われているようだ。

 「どんな人なの?」

 私の問いに1号も2号もはっきり答えず、ただにやっと笑って首を横に振るだけだった。当の本人が隣のブースにいるので、はっきりと問いただすことはできなかったが、ここの按摩師たちは若くてきれいなネエちゃんが揃っているから、鼻の下を伸ばしたスケベ親父に違いない。おっさんめ、按摩だけではなく何か特別なサービスでも強要するのかな。頭の中で勝手に想像が駆けめぐる。

 そうであればここは健全な『按摩室』ではない。が、私は女性客ということでけばネエちゃん1号、2号は安心しているよう。また、マッサージ嬢がよっぽど変な趣味でもない限り、身の危険もないだろう。隣のおっさんのことは気になるが、私は下心などないまっとうな客だ。足の裏を2号に預け、しっかりと壷を押さえてもらおうじゃない。マゾっぽいようだが、揉まれる度に生まれ出る鈍い苦痛に耐えるのも、なんだか妙に心地よい。 「うん、やっぱり内蔵機能が弱ってるかしら。疲労には休息が肝心だから、あんまり無理しないことね。」

 2号は最後にこう締めくくり、足壷マッサージは終了した。

 「そうそう、それにあなたのタイツ、ちょっと薄いよ。ほら、私がはいてるこういうやつ、厚手で冬にはいいのよ。隣のショッピングセンターで売ってるわよ。30元ぐらいかな。冷えから体の調子が悪くなるから注意しなきゃ。」

 1号からも教育的指導をいただいた。1号は自分のズボンをずり下げて、はいているタイツを見せてくれた。それはもろに肌色のラクダのパッチのごとき布地であった。

 「しんどいようならまたおいで。私たちいつでもここにいるから。」

 けばネエちゃんたちはにっこりとして、営業も忘れなかった。

 華僑村の健康センター按摩室は確かに怪しい世界だった。が、按摩はきっちりやってくれるし、足壷マッサージもなかなかよかったので、ツボはツボでもけばネエちゃんの思うツボにさえはまらなければ、話の種にはおもしろい所かもしれない。ありがとう、けばネエちゃんたち。つまらないものだけどと、帰り際に1号と2号に貼り付けタイプのインスタント懐炉をあげたのだった。大いに喜ぶ彼女らの顔は、もはやしたたかなホステスの表情ではなく、かわいい20代の乙女の笑顔に戻っていた。
(1998年12月)

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学


中国放浪回顧録
中国放浪回顧録 その32

【怪しいマッサージ室に潜入①】

 ここ数年で中国もずいぶん変わった。特に都会は近代化が進み、もはやない物はないと言わしめるまでになった。首都北京の移り変わりもまたしかり。古き良き胡同(横町)は取り壊され、道幅を広げて舗装された。老舗は姿を消し、至る所にデパートやショッピングセンターができた。北京は殻を破って脱皮し、モダンに変身しようと日々努力している。街がきれいに立派になっていくのは喜ばしいことだが、古い物をただむやみに亡くしていくってのはいかがなものか。なんだか寂しい・・・・なんて感傷に浸ってしまうのは、年を取った証拠だろうか。

 こんなことを考えながらむなしく冬の北京の街をぶらぶら歩いていると、余計に猫背になってしまう。なんせ今日はマイナス7度なのだ、体も縮こまって肩に力が入るのだった。血液が元気よく循環していないような感じがして、体がぎくしゃくする。こんな時はゆっくり温泉にでも入って按摩なんかしてもらえたら最高なのにな。しかし、中国に温泉を求めるのは間違いだ。温泉につかるならやっぱり日本。ならば按摩はどうだ。整体といえば、中国が本場ではないか。そうだ、どうして早く気づかなかったのだ。せっかく中国に来ているのだから、その道の先生に固くなった体をほぐしていただこうじゃないの。

 善は急げ(?)というわけでさっそくインフォメーションを探す。こんな時、首都はさすがに便利である。日本人が大勢住んでいるから日本語で書かれた北京生活情報なるパンフレットがあるのだ。どれどれとその冊子をめくってみると、ほらほらあった、按摩情報。広告を出しているところは結構あるもんね。しかし、ホテルの中の按摩屋はきっとボリデーインに違いない。ではほかにどこかあるかな。ぬぬぬ、華僑村(外国人が住むアパート群の名前)の中に按摩をやっているところがあると書いてあるぞ。温水プールの設備があるところらしいから、健康センターみたいなものかな。ここなら信用できそうだ。行ってみよう。

 華僑村は建国門大街という大通りに面した一等地にあった。東隣は五つ星ホテルの長富宮飯店、西隣はショッピングセンター賽特ビル、向かい側は国際クラブと友誼商店という豪華で便利な場所に位置している。何度も華僑村の前を通ったことがあったのに、健康センターがあるなんてことは知らなかった。それではお邪魔しま~すと、華僑村の門をくぐり敷地内に入ってみたが、由緒正しき健康センターなど見つからない。もう一度一回りしてみると、なんだ、門を入ってすぐのところにあったじゃないの。ガラス窓から中を見
ると、確かに温水プールがある。間違いなくここは健康センターだ。だが、想像していたよりも建物は小さい。しかもなんだか雰囲気が暗い。更にだ、プールには泳いでいる人がいない。妙に静かだ。にぎわっているどころではなく、さびれているようだ。むむむ、見当違いだったかな。帰ろうか。いやいや、せっかくここまで来たのだから、入ってみよう。

 勇気を奮ってたのもう!と扉をたたこうとしたのだが、おや、どこから入るのだろう、入口が見あたらない。建物を一周回ってようやくわかった、隅の方にチケット売り場のような窓口があり、その横のドアが開いているのだった。しかし、係員がおらん。いったいどうなってるの。ま、いいや、入っていっちゃえ。もぬけの殻になっている狭い事務室の奥を進んでいくと、温水プールにつながっていた。私はプールなどに用はない。按摩をしてもらいたいのだ、按摩を。『按摩室』はどこだ?しかし、一階フロアは全部温水プールになっている。おかしいと思ったら、なんだ、事務室の横っちょに階段があったじゃないの。上っていくと果たしてあった、『按摩室』。けれども、やっぱり誰もいない。どうなってんのだろう、ここは。幽霊屋敷ならぬ幽霊健康センターか?

 「按摩ですか?」

 ふいに後ろで男の声。ぎょっとして振り返ると、うさん臭そうな兄さんが立っていた。そ、そ、そうだ。私は客だ。兄さんは面倒臭そうに按摩のメニューを見せた。全身コース、半身コース、足壷マッサージコースなどがあり、それぞれ時間によって料金が設定されている。私は全身コース45分、98元というのを選んだ。兄さんはわかったというふうにうなずき、おい、客だぞと控え室に向かって叫んだ。すると、年の頃20歳前後のほっそりした女が現れた。へ?あなたがマッサージ師?ネエちゃんは「そうよ」と言った。私はてっきりマッサージの先生は年を取ったじいさんかばあさんだと思っていた。仕事人と言われる按摩の技術を身につけ、ベテランの象徴である深い皺が顔に刻まれたような人を想像していたのである。そして年季の入った白衣に白い帽子といういでたちで登場するのだとばかり思っていたのに、目の前にいるのは白衣はおろか、普通のセーターとズボンという格好でロングヘアーをなびかせ、しかも長いマスカラ、濃い口紅、青いアイシャドウというけばけばしい化粧の、どこがマッサージ師やというようなネエちゃんである。これなら按摩室というよりクラブかキャバレーのノリではないか。ここへ来たのはやはり失敗か。どうも怪しい、怪しすぎる。逃げるなら今だ。

 「どうぞ、こちらよ。」

 どうしたものかと迷っている私のことなど気に留める様子もなく、けばネエちゃんは四つあるブースの一つに案内してくれた。各ブースは薄い板で仕切られていて、中には病院で診察の時に使うような細い寝台があった。出入り口はデパートの試着室みたいにカーテンがドア代わりになっている。

 「上着を脱いで。」

 カーテンを閉めながらけばネエちゃんが指示をする。別に全部脱ぐ必要はないようだ。
 「うつむきに寝て。」

 彼女はにこりともせず、愛想もクソもない能面のような冷たい表情で事務的に指図をした。言われる通り寝台に横たわると、けばネエちゃんはバスタオルを私の背中にかぶせ、慣れた手つきで首の方から按摩を始めた。こんなに若いネエちゃんで大丈夫だろうかと心配だったが、マッサージの方はなかなか上手で気持ちよい。

 「痛かったら言ってね。」

と、けばネエちゃんは最初に言ったが、力加減も私にはちょうどいい。首、肩、背中、腰、臀部、腿、ふくらはぎ、足の裏と順番に丁寧に揉んでいき、今度は仰向けになった。けばネエちゃんは指先に力を込めてこめかみを揉み、次いで首の付け根のところを引っ張り上げるように揉んだ。かなり力がいるだろうに、スリムな体のどこにこんな体力があるのだろうかと感心してしまう。

 「ずいぶん凝ってるわね。」

 けばネエちゃんは肩から腕にかけてを揉みながら、呆れたように言った。そう、私は肩凝り性なのだ。けばネエちゃんはわかったというふうに、更に指に力を入れ、きゅっきゅっと丹念に私の肩を押した。あ~、こたえる。う~、かいか~ん。マッサージ用の椅子やローラーベッドの指圧より、やっぱり人に按摩してもらうのは最高の気分だ。けばネエちゃんは腿、ふくらはぎの脇、足の裏まで手を抜くこともなくぐいぐい揉んだ。

 「時間になったけど、終わる?それとも延長する?」 

 45分なんてあっという間に経つものだ。せっかく来たんだし、ネエちゃんの按摩は上手だし、30分延長してもらうことにした。彼女は笑顔も浮かべずにこっくりとうなずくと、再び私を俯せにして背中を念入りに揉んだ。はぁ~、夢見心地。思わず眠ってしまいそう。ああ、このまま時間が止まってほしいと思うのだが、30分なんてすぐ過ぎてしまった。

 「どう?足壷マッサージやってみない?」 

 けばネエちゃんが上手に営業をかける。そうねぇ、せっかくだから足の裏もやってもらおう。

 「足壷マッサージは別の人がするわ。私はここまでよ。ねえ、私のマッサージうまかった?もしそう思ったらちょっとばかりチップもらえないかしら。」

 さすがけばネエちゃん、したたかである。起き上がって靴をはこうとしていた足が一瞬止まっちゃったではないか。

 「チップって、どれぐらい払うものなの。ここに来た人はみんな払うの?」

 逆にこちらから訊いてみる。

 「・・・ん・・・ん・・・・別に今日じゃなくても、また次に来てくれた時でいいわ。」

 なんと、けばネエちゃんはあっさり引き下がってしまった。なんでかな?もらえそうもないと思ったんだろうか。


【怪しいマッサージ室に潜入②】へ続く

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